映画『この世界の片隅に』レビュー

地続きの「生」。

冒頭から、すずを取り巻く世界の豊かさに圧倒される。すずが行く江波も広島も呉も、幾層にも風景のレイヤーが重なり、手描きの温かさと相俟って「そこにいる」ように思わせる。すずが作る日々の食事も、出汁の薄味や素材の味まで想像できるほど。周作とすずが睦み合い触れ合う順番や感触でさえ「体温が通っている」。日々を生き抜く肉体の作業、すなわち化学反応、そこで生まれる体温に満ちている。

彼ら彼女らの生活に悲壮さは感じない。ただ「おれもそこでその暮らしを体験してみたい」とさえ思うほどシンプルで温かい。憲兵をいなし、工夫で耐乏し、日々を真摯にしなやかに乗り切る姿は尊いほどだが、おれたちが嫌な相手をいなし、仲間と知恵を出し合いながら難局を乗り切るのと変わりない。

すずが大きなものを二つ失った時、そして敗戦を告げられたとき。言い知れぬ負の感情に襲われる。のたうち、叫び、虚脱する。パートナーを喪ったときのおれはあんな感じだったかもしれない。狂ってもおかしくないのに正気を保っている。生命や尊厳を脅かす出来事は現代にだってたくさんある。病気、怪我や障害、嫉妬、いじめ、ハラスメント、マウンティング、カースト、様々な齟齬と分断。すずたちも、おれたちも、細かな幸せをつなぎながら、大きな哀しみが覆う世界を生きている。

空爆を見上げて「いまここに絵の具があったら」と思うすずさん。そんな衝動は誰にでもあって、映画はそれを「生」の印として肯定する。すずさんの表現の源はそんな衝動であってイデオロギーじゃない。他の誰から吹き込まれたものでなく、自分自身の「生」を積み上げた結果生まれた衝動なのだ。嘘がなく、純粋で、鋭く、温かい。

どんな状況でも言い訳もせず理屈をこねず目の前のことに取り組んで、頭を回し手を動かし足で稼ぐ日々を送るすずたちと、おれたちは地続きだ。静かな勇気が湧く。さあおれは、誰を大事に生きていこうか。

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この世界の片隅にのポスター
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Daisuke O-okaのプロフィール画像

Daisuke O-okaFreak

某メディア企業で取材・出稿を伴うVTRディレクターをやってます。映画製作ビジネスの経験有り。そのうち何かやってやろうとユルく模索中。映画以外では、スノーボードや自転車ほかアウトドア全般、マンガに読書、クルマ、ねこ、これからの社会の動きなど、興味は全方位。よろしくです。

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