映画『ふきげんな過去』レビュー

女まよい道

 人生なんて、死ぬまでの、暇つぶしである。

 もはや、誰が言いだしっぺなのかは定かではないけれど、とりあえず、この至言(暴言?)に乗っかってしまえば、”生”に何らかの意味や輝きを与えるものこそが、”死”に他ならないという、絶望的な仮説が成り立つ。

 思えば、『台風クラブ』(85)の台風、『つぐみ』(90)の落とし穴、『青い春』(01)の度胸試しの手叩きなどに象徴されるように、時代を超える優れた青春映画の根幹で脈打つのも、延々と続くかに思われる退屈な日常からの決別=死への誘惑であり、どこか懐かしいようで新しくもある『ふきげんな過去』では、それが、無限の可能性を秘めた爆弾や、実存すら不明の伝説のワニの形で引き継がれる。

 長い長い夏休み、人喰いワニの噂を否定するべく、連日運河に足を運び、暇を持て余す女子高生の果子(二階堂ふみ)の前に、18年前に死んだはずの伯母・未来子(小泉今日子)が、ひょっこり現れる。実は本当の母親であるとの衝撃の告白にも動じぬ果子は、爆弾魔で前科者の伯母に、得体のしれない”希望”を見出し、末恐ろしい抽象画伯の従妹・カナ(山田望叶)も連れ、夜の森へと旅に出る。『私の男』(14)では同役を演じた二階堂と山田に、大先輩の小泉も加わり、ひとりの女性の現在・過去・未来が1フレームに居並ぶ3ショットが実現するが、死んだはずの人が生きていて、さらわれ人が人さらいになって帰還し、生まれたての赤ん坊が死んだように疲弊しているシュールな空間ゆえ、そんな無謀な奇跡も、不思議と信じられてしまう。

 爆弾とワニとの、突拍子もない邂逅。一生かかっても、つぶしきれない暇の中にこそ、うっかりすると見過ごしてしまいそうな豊潤な瞬間が、常に眠っていることを、無愛想かつ繊細に投げかける佳篇だ。

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ふきげんな過去のポスター
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服部香穂里のプロフィール画像

服部香穂里

映画界の末端で、浮草のように漂うております……。

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