映画『さざなみ』レビュー

砂の城

結婚45年目を迎えた夫婦がいる。夫は心臓バイパス手術を終えてようやく体調が回復してきた。妻は教職を退いてからしばらくが経っていた。イギリスの片田舎。大きな事件はなく、2人で犬の散歩に行くのが日々の大きな日課だ。
ある朝、夫の元に一通の手紙が届く。その昔、妻と出会う前に愛した女性の遺体がアルプスの氷河から見つかったのだという。20代のままの思い出の恋人。飄々としていた夫が急にそわそわし出す。青春時代の音楽を聞き、屋根裏の思い出を漁る。かつての尖った物言いをし、友人たちと話がかみ合わなくなる。一体どうしたのだろうか。

「さざなみ」(原題45years)は一組の夫婦の結婚45周年パーティまでを描いた7日間だ。妻は夫のかつての恋人の存在を知り心が離れ始めるが、これは男女によって見方が分かれるだろう。結婚はあたかも全てを共有しなくてはならないような錯覚に陥りがちだが、あくまで他人同士である。僕はこの夫のように不可侵な感情の領域を誰もが持ち合わせていると思っている。
方や妻の視点からするとこの45年間は夫が恋人を失って得た価値観の上に立つ、彼女の亡霊と共にあった結婚生活と言えるのかもしれない。やがて千々に乱れ行く妻の感情を抑制した演技で見せるシャーロット・ランプリングは初のオスカー候補となった。

アンドリュー・ヘイ監督は何気ない会話、音楽の1つ1つを緻密に構成する演出で2人の心理を描写しているが、中でも重要なバックボーンは2人が60年代に青春時代を送ったという年令設定だろう。セリフから夫は反骨の士であり、妻はフリーセックスの時代に乗らなかった中流以上の家庭に育った事が伺える。

時代を変えたスウィンギングロンドン世代の成れの果てとも、砂の城のように脆い夫婦生活への諦観とも読み取れる本作。見る者の心に静かな波音を立てることだろう。

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さざなみのポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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