映画『父を探して』レビュー

少年と世界

アカデミー長編アニメ賞にノミネートされたブラジル映画。CG全盛の時代に逆行するような手書きのクレヨンタッチ、極彩色の色調、祝祭的なサウンドトラック、そして全編セリフなし(というか3歳児の視点なので聞き取れない)という独自の手法が魅力的な1本だ。しかし、その開放的なテイストとは裏腹の痛切なノスタルジアが観る者の心に忘れられない余韻を残すのである。

物語は郊外の集落とも呼べないような土地から始まる。少年と母、父の3人暮らし。何の不自由もない少年時代。世界は色と音にあふれ、この幸せが一生続くかのように思われた。しかし突然、父は家を出て行ってしまう。母は何も語らないし、少年にはわからない理由があるのかもしれない。少年は父を追って家を出る。

少年は農場に行き着く。木から何かを刈り取る集団農業。そこでくたびれた老人と出会う。しかし、長年続いてきた手法にも機械化の波が押し寄せる。効率が重視され、瞬く間に木々は伐採されていく。

少年は都市に行き着く。物と人にあふれた世界で自由を謳歌する青年と知り合う。ところが都市にはファシズムの波が押し寄せ、自由を象徴する極楽鳥は戦車に撃ち落される。

いつしか少年は青年となり、老人となっていた。
一体いつの間に世界は音と色を失ってしまったのだろうか。ふうっ、と力なく老人の口から息が洩れる。

これはブラジルの年代記なのだろうか?
いや、これはかつて少年であり、青年であり、老人となった僕らの悔恨の記憶かもしれない。
いや、もしかしたら少年時代の幸せな午睡に見た不思議な夢かも知れない。
この映画を見る度に僕らはあの頃、無限の可能性が拡がっていた事を思い出すのである。

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父を探してのポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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