映画『プロメテウス』レビュー

創造主を「創造」するには生半可な「想像力」では無理。テーマがズレている。

そもそも「人間が(文明が)宇宙からもたらされた」というアイデアは好きじゃない。起源の全てを宇宙に求めてしまうのは「思考停止」じゃなかろうか。

エイリアンシリーズから現代までの十数年間は、科学の発達とネットによる情報の伝播、そして多くの映像作品で、共有知における「生命」「創造」というイメージを大幅に塗り替えた。この映画で描かれる異星人や巨大遺構の姿は既に旧いのだ。

異星人の姿もホログラム記録も宇宙船のコクピットも投影される航海図も、すべて人類が今までに出会ったデザインや技術の延長線上にある。「創造主」というからには、人類が出会ったことが無く、しかも一瞬で見て感じて理解できるようなものでないと納得できない。これは相当にハードルの高い作業だ。テーマの捉え損ねが旧さを際立たせてしまった。

そのうえ、クリーチャーはいつも通りのじれったいチラ見せ。そもそもクルー十数人を迎えるのが冷凍された異星人一体とフェイスハッガー一匹だけ。宇宙まで出かけてオバケ屋敷じゃ、冒頭のスケールがどんどん萎む。

生命の起源、というテーマなら、課題は「宇宙における人類の淘汰」だ。決して「老人の不老不死への欲」などという小ささではいけないのだ。神なればこそ、エイリアン・ウォリアーのような無慈悲かつ完全な生命体を作り出せる。彼らは何のために生まれたのか。何故人類は彼らに出会わねばならないのか。根源の問いと意味があるはずだ。

そしてその問いは、人類がこの地球上の資源のみから生まれたという前提があって、より深いロマンを備える。「宇宙から来た」という背景があれば、出会い繋がる理由はそれで事足りるからだ。「創造主」はより懐深きお方ではなかろうか。

「エイリアン4」で、ついにウォリアーの遺伝子を秘めたリプリーが地球に降り立つ。そこで敷かれた言い知れぬ恐怖、そして進化への期待を、この映画は受け継いでいない。

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プロメテウスのポスター
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Daisuke O-okaのプロフィール画像

Daisuke O-okaFreak

某メディア企業で取材・出稿を伴うVTRディレクターをやってます。映画製作ビジネスの経験有り。そのうち何かやってやろうとユルく模索中。映画以外では、スノーボードや自転車ほかアウトドア全般、マンガに読書、クルマ、ねこ、これからの社会の動きなど、興味は全方位。よろしくです。

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