映画『セッション』レビュー

世界で一番受けたいお稽古

これは1つの芸事を突き詰めようと歩みを始めた若者が世界の厳しさを知り、それでもなお闘っていこうとする青春映画だ。個人的な話だが、僕にはあのレッスンの緊張感、一音ですら弾かれる理不尽とも思える先生の審美眼、クラスメートに役を奪われてしまう焦燥、そして延々と繰り返される罵声は懐かしかった。本番を迎える前に脱落した仲間もいた程だが、それでも僕は体験して良かったし、一生の思い出だ。主人公ニーマンのキャリアが映画が終わった瞬間から始まったように、あのセッションがなければ僕は大人の表現者として一歩を踏み出せなかったように思う。この映画で描かれたシゴキで僕が実際に体験しなかったのは稽古時間を早く知らされるシーンと、本番で演目が違ったシーンくらいだ。

均整の取れたメジャースタジオの作品よりも大胆で野心的な28歳デイミアン・チャゼルの圧倒をオスカーは評価した。彼には勢いだけではなく、巧みさと人間への洞察がある。ニーマンは演じるマイルズ・テラーの朴訥な容姿の御蔭で薄められてはいるが、若さゆえに傲慢だ。ライバルを蹴落とし、時に罵る姿にはその自己顕示欲を満たしたいがために芸事に打ち込んでいるように見える。主奏者である先輩の楽譜を失くしたのは実はニーマンかもしれないし、フレッチャーのハラスメントを告発したのも彼かもしれない。ライヴシーンのテクニカルさよりも人物描写のために機能する編集技が秀逸だ。

その一方でJ・K・シモンズがオスカーに輝いたフレッチャー先生はじめ、誇張が劇映画としてのドラマ性を高めている。コンサート本番で仕掛ける反撃のドラムソロがいつしかフレッチャーの求めたビートと合致し、高みへ昇りつめていくあの恍惚こそアーティスト達が一生涯をかけて探究する瞬間だ。セリフなし9分間のライヴシーンの幕切れに、客席からは息が漏れた。息を呑んだ映画なんて久しぶりじゃないか。

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セッションのポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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