映画『セッション』レビュー

向上心のない者は、馬鹿だっ!!

 夏目漱石の「こころ」で、”先生”の生涯にわたり大きな存在であり続ける、生真面目すぎるKを、死へと駆り立てる一因となった、この一言。”座右の銘”との表現は語弊があるかもしれないが、しんどい日々の中で迷い、息づまった時、ふとこの言葉が頭をよぎり、励まされ、また、苦しめられてもいる。

 『セッション』にゾクゾクしている間も、常にこの至言が、悪魔の囁きのように鳴り響きっぱなしであった。思えば、『ベニスに死す』(71)では、答えのない”芸術”なるものを、音楽人生をかけて追究してきた老境の作曲家が、そんな愚直な精進を一瞬で無に帰するかのように現れた、芸術品のごとき美青年に執心する様が、ペーソスたっぷりに描かれていた。納得のオスカー受賞のJ・K・シモンズが怪演する鬼教授と、野心満々の若きドラマーとのせめぎ合いを描く本作も、いわゆるスポ根風でありながら、ふたりが死にもの狂いで目指すものには、勝敗や点数といった明確なゴールがない。教授がイメージの中で構築する、繊細かつ正確なリズムに刻まれた至高の音楽は、有望な教え子に対してでさえ、時に愛のビンタ(にしては、かなり嬉しそうあるが……)を炸裂させて身体に直に覚え込ませることでしか伝えられない、実に漠然としたものなのである。

 音楽や映画、あるいは文学なども、どこか安く、丸く、軽い方向に片寄りがちに感じられてしまう昨今。教授の呪縛から解放されたズタボロ青年の、自爆行為にも等しい奔放かつ渾身の演奏は、楽しきキャンパスライフも、可愛いガールフレンドも、平穏な日常や安定した将来さえも捨て去る覚悟のある者のみが到達し得る、希少な芸術の一端を、観る者にも肌で体感させてくれる。

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セッションのポスター
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服部香穂里のプロフィール画像

服部香穂里

映画界の末端で、浮草のように漂うております……。

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