映画『アメリカン・スナイパー』レビュー

誰のために戦う?

クリント御大は戦争を舞台にしながら、戦争以外にも通底する問題を削り出した。社会は期せずして人を駆り立てる。勉強にも仕事にも家庭にも。能力を伸ばし、義務を果たし、貢献せよと。

クリス(B.クーパー)は戦場で僚友を守る。おれたちは仕事で稼いで家族を養う。能力をアテにされ、仕事を続けて家族と会えない人たちには「おれがいないと回らない」という自負もある。タヤ(シエナ・ミラー)が「そばにいて。戦争には他の人に行ってもらって」とせがんでも、その自負が彼を、みんなを、戦場に職場に向かわせる。

戦場のような職場にも、職場のような戦場にも、向かう人々の心根に大きな違いは無い。能力があるほど「戦い抜いて現状を変えるのはおれだ」という気持が充実する。誰もがそうだ。しかし、その気持ちが挫かれる時が来る。成功のイメージは誰もが持つ。失敗の姿は千差万別。人は警告するが、社会は警告などしない。

戦場だからこそ際立つ生命感。共有できる仲間意識。一方、家族との離反やPSTDで自らを滅ぼす者もいる。その光景は敵味方の間で変わりはしない。社会はそんな人間達の「貢献」「努力」の上に胡坐をかく。本来「守る」ことと「戦う」ことは直結していたはずだ。それはおれたちが気づかないうちに、おれたちが依拠する歴史と社会に分断されている。経済と戦争は表裏一体で、ぐっと引いた目で見れば、戦場の兵士たちと職場のおれたちは同じ大きなパラダイムの傘の下にいる。

その銃で誰の元にどんな平和をもたらす?その製品を買ったどんな人がどんな幸せを得る?寝る間も削って家族と離れてそんなところで誰のために戦ってるんだ? 銀幕の向こう側からクリント御大に諭されているように感じる。

御大に機会があればお願いしたい。次はイスラムの側から描いて欲しい。御大が切り取る日本の現代社会も観てみたい。そしておれたちも、本当の意味での「戦い」を描いてみよう。

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アメリカン・スナイパーのポスター
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Daisuke O-okaのプロフィール画像

Daisuke O-okaFreak

某メディア企業で取材・出稿を伴うVTRディレクターをやってます。映画製作ビジネスの経験有り。そのうち何かやってやろうとユルく模索中。映画以外では、スノーボードや自転車ほかアウトドア全般、マンガに読書、クルマ、ねこ、これからの社会の動きなど、興味は全方位。よろしくです。

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