映画『エクソダス:神と王』レビュー

モーセとは何者なのか?

たとえその宗教的な核心がわからないにしても、歴史的偉人の存在価値がいかにささってくるか、そこが伝記作品の醍醐味と言えそうな気がする。偉人の存在価値は、現代に置き換えても朽ちない存在価値だ。偉人の存在価値は作者・表現者の手によって現代に甦ることが可能であるとするならば、それを素材に作者が自分の思想を展開して見せるか、あるいは歴史事象の高度な映像表現や再現性を誇示するしかない。
多く指摘されているように監督はモーセの起こした奇跡を、自然現象の「あり得た事象」のように表現している。この科学至上の現代にモーセを甦らせるには、奇跡に対する一定の科学的根拠を持たせられなければ説得力や迫真を観客に与えられないと考えたのだろうか?しかしながら皮膚病も海が真っ二つに割れるのも、それら自然現象が「偶発的」に彼の(意志とは裏腹に)困難を助けたのであり、彼は限りなく偶然と幸運に見舞われたたけに小さな人物像となる。しかしこうした経験科学的な解釈は、乾物をお湯で戻して食べやすくなったから食べろと言っているようなものでしかないように思えて仕方がない。つまり「馬鹿みたい」なのである。
こうも言えるかも知れない。モーセは友情に篤く、人々が傷つくのをよしとなしない人物であり家族愛に満ちた人物であるかのような印象と、あるいは家族愛に満ちた人物として描きたいがために殺戮は自然現象であり彼の意志の埒外にあるかのような印象を与えたかった。聖書解釈としての経験科学的な見方はそのような意図で使用されているように見える。
ユダヤの一神教の神は宗教性はもとより一民族を束ねる政治的な神である。くわえて信じぬ異教徒は人に非ず、従って疫病にかかろうが子供が死のうが知ったことではない、この神への信仰はかくのごとく苛烈であり、信じることも信じないことも等しくこの徹底した世界に放り込まれる。
私は勝手にそう考えている。

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エクソダス:神と王のポスター
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弐個 四

本棚に並べたDVD画像をSNSで自慢げにさらすような大人にはなりたくない。

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