映画『クローバー』レビュー

ビール瓶に見る女の執念

作中のセリフにもある「クローバー」は自分自身で探さなくてはならない、すなわち幸福は自分の中にあると言った教訓は表向きの看板に過ぎない。
主人公はドジや無為を演出しあらゆる方向にアプローチし社会的価値のある男を捕獲しながらも再会した幼馴染のこれまた社会的価値ある男とを行き来して値踏みしている。この尻軽ぶりは性的な臭いを撒き散らしながら発揮されるのだが、この性的イメージを大っぴらにしては大衆的な恋愛物語として成立しなくなるので、隈なく隠蔽するために濡れ場を演じてもこちらのアンテナが勃たないほど色気のない女優が起用されている。ハヴロック・エリスとアダム徳永を熟読した私の眼は誤魔化せないのである。
会社の宴会のさ中作為的に持ち出したビール瓶を、30年前来日したアラン・ドロンをも唸らせたあの伝説のトルコ嬢・丸千代嬢のテクニックを彷彿とさせる見事な指捌き手捌きを展開するも、それはサディスト眼鏡上司をではなく飽くまでサブリミナルに女性観客を洗脳するためであり、これはドジでのろまな亀でも亀の扱いさえうまければ男を捕獲できると言う当局の隠れたメッセージに他ならない。現時点でこれに気づいているのはウィルソン・ブライアン・キイと私だけである。
一方、雨の中、子犬のように外で震えている男を家に招き入れ散々じらした挙句に教会で接吻させて結婚式の予行演習の道具にしたのも結婚のためには男など道具として扱っても一向にかまわないのだと言い切るためである。幼馴染の役者男は結婚式にすら呼ばれないのは単なる道具だからである(泣けた)。
結婚は女の人生の最終目的であると言う生めや増やせやの少子化対策映画として作品は機能し、尻軽女の目論見は国家の目論見そのものである。
上映中、隣のヤンキー女性がすすり泣いているのを聞くと幻聴か何かの冗談かと思いつつも当面国家の目論見は達成されたと実感しない訳には行かなかった。

10
クローバーのポスター
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弐個 四のプロフィール画像

弐個 四

本棚に並べたDVD画像をSNSで自慢げにさらすような大人にはなりたくない。

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