映画『渇き。』レビュー

潔い、露悪。

なぜ加奈子(小松菜奈)がバケモノになったのかが判らん…というような評価があるが、そもそも「判らん相手」だからああなったわけだ。「正視できなかったから判らんままだった」んじゃないか。娘の蠱惑さは父親の底の欲望と合わせ鏡なのだ。だから正視したからって判るどころか余計惑わされる。つまり「判らん」で正解。

それにしてもそんなに少年のケツが好きなのかお前ら。理解できん。なんなら藤島(役所広司)に片っ端からぶっ殺させても良かったほど醜い。加奈子の咲きっぷりを支える土壌としての老醜が際立つ。しかし藤島の増幅する怒りはやり場無く、観る側を笑うしかない距離感に突き放す。警察と闇社会が結託し、無垢な少年少女が蹂躙されて、家族は崩壊するままになる。なんて上等な先進国。

「現代の病理を描く」なんて高尚さなどドブに捨てている。闇パーティのノイジーな音楽とクリップのスピード的快感、少女たちの明日無くハッチャける笑顔、フリルで目隠しなんて倒錯×寵愛のワンカット、グロリアを敵の車にぶち当てる衝突感、カットを積んでいたカメラがドリーで追い出した瞬間に横溢する追撃モード、全てが生理的な快感に結びつく。

狂気系の映画なら藤島とボク(清水尋也)の世界軸が混ざって現実と幻想の境が曖昧になるもんなのだが、そこも逃げない。加奈子が埋まる積雪はドラッグと死の暗喩か。本作はその過剰さと可憐さで「絶望と愛を描くメディアは映画なのだ」と宣言している。

それにしても中島監督は少女の撮り方や引き出し方が上手い。小松菜奈の透明感は出始めた頃の水原希子を思い出させる。橋本愛の折れそうな生硬さ、森川葵の儚さ、二階堂ふみの拙い温かさまで。一方大人の女たちを美しく撮ることは潔く捨てているように思う。少女ならではの独特な性的喚起力を、背徳に踏み込んで表現する確信犯が、観る側を揺さぶる。

で、揺さぶられたことは潔く認める。ちくしょう。

7
渇き。のポスター
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Daisuke O-okaのプロフィール画像

Daisuke O-okaFreak

某メディア企業で取材・出稿を伴うVTRディレクターをやってます。映画製作ビジネスの経験有り。そのうち何かやってやろうとユルく模索中。映画以外では、スノーボードや自転車ほかアウトドア全般、マンガに読書、クルマ、ねこ、これからの社会の動きなど、興味は全方位。よろしくです。

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