映画『グランド・ブダペスト・ホテル』レビュー

さようならヨーロッパ

前作「ムーンライズ・キングダム」で感じたウェス・アンダーソンの成熟の理由がわかった気がする。ファンタジーとして描かれてきた喪失やノスタルジーに、普遍性がもたらされたからではないだろうか。本作で彼は見た事もなければ、やがて知る者もいなくなるであろう失われたヨーロッパへの郷愁を美化し、ファンタジーを謳う。一見、いつも通りオフビートでダラけたギャグを連発する本作はクライマックスでその大きな想いが首をもたげるのである。

それはエンドクレジットで挙げられる“シュテファン・ツヴァイクの著作とその生涯にインスパイアされて”という文言に伺える。かつて栄華を極めたオーストリアにおいて、彼は自らを“ヨーロッパ人”と名乗った。ツヴァイクには人類が1つになれる“世界市民”という思想があったのだ。しかし、ナチスドイツの台頭を前に南米へ逃れた彼はやがてヨーロッパを席巻したファシズムに泣き、自ら命を断つのである。

かねてからヨーロッパへの憧れを隠そうとしなかったアンダーソンはツヴァイクの生きた時代こそ最も欧州の輝いていた頃とノスタルジーを見出したのかもしれない。軽妙洒脱で洗練の極みにあったかの時代をレイフ・ファインズ演じるムッシュ・グスタヴという何とも可笑しなキャラクターに象徴させ、イノセントな若者達の束の間の恋を成就させる。チャップリンやルビッチという映画的記憶も配し、年老いたオーナーが古びたグランド・ブタペスト・ホテルを今もなお持ち続ける理由を語るシーンで、映画はついに深い喪失と哀しみを湛えるのである。

それはきっとヨーロッパの石畳を歩いた異邦人誰もが思い馳せた郷愁なのだろう。そして僕のように未だヨーロッパを見ぬ者にさらなる夢を与え、美化してくれるのもこの映画だ。“父と子”というこれまでのテーマを内包しながら、よりスケールを拡げる事にアンダーソンは成功したのである。

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グランド・ブダペスト・ホテルのポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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