映画『サード・パーソン』レビュー

勿体ぶるな。

スランプに陥った作家。倦怠に入りつつある不倫相手。不徳を知りながら自分を気遣うかつての妻。撮り方で緊張感を保つのはいいが、既に書き古されたモチーフであることは疑いない。並行する3つの関係を絡ませるアイデアも、内面世界の投影であることを明らかにした時点で却って「スランプ」が際立つ。現実の中に絡みを企てる物語はいくらでも世に出ているからだ。

過去からの再生というテーマは永劫普遍。しかしマイケル(リーアム・ニーソン)が再生を期す流れも内面に閉じている。自分の殻を破る可能性を少しでも探ることを目指して、人は出会いを試みるはずだ。しかし、マイケルが自分の殻から出ずにどうにかしようとしているとしか思えない。

ロマの女に協力してその娘を取り返すために挑むスコット(エイドリアン・ブロディ)の挿話が勿体無い。あれを頑張って書ききらねば作家ではない。ハギスが用意した映画の結末は、救済を求めた甘えのように見える。

そして「『死』を軽く扱うな」とも思うのだ。作家は物語を創造する神たる存在だが、物語の中で生きる人々への敬意も要る。マイケルは、映画のベースにある『死』から逃避し続けている。一方現実に『死』に直面して真摯に勝負をかけている人々は山ほどいるのだ。

描かれる関係の中に、自分が経験してきた不義理や不徳の断片が詰まっている。だからこそ、物語は描ききってほしい。隘路を塞ぐ天井を突き破ってほしい。アンナ(オリヴィア・ワイルド)にもサム(ロアン・シャバノル)にも、男にその衝動を植え付けるだけの美しさはある。文学とは、物語とは、その方向性を肯定するものではなかったか。

映画一本を使って「おれスランプです」を表現してしまうとは、ホン書きとは因果な商売。ビリー・ジョエルの「Pressure」のみたいにはいかなかった。勿体ぶって自分を高尚なところに奉ったような感じにしか見えず。

観てて疲れた。

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サード・パーソンのポスター
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Daisuke O-okaのプロフィール画像

Daisuke O-okaFreak

某メディア企業で取材・出稿を伴うVTRディレクターをやってます。映画製作ビジネスの経験有り。そのうち何かやってやろうとユルく模索中。映画以外では、スノーボードや自転車ほかアウトドア全般、マンガに読書、クルマ、ねこ、これからの社会の動きなど、興味は全方位。よろしくです。

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