映画『ゴジラ(1954)』レビュー

科学の闇。昭和の光。

予習が必要だ、と思って改めて観に行った。初めて観たのは高校生の頃だけど、新しモノ好きな当時の自分には少々退屈だったことは否めない。けれど60年経った現代に観るからこそ、この映画の強さが判る。

恵美子(河内桃子)の佇まいに、昭和の女性のたおやかさと芯の強さを同居する。尾形(宝田明)と芹沢(平田昭彦)をバディとして繋ぐ役割を果たす必然が、恵美子の人物造形の中にある。作劇についての知識や情報が氾濫しすぎる現代の作り手に、基本に帰ることの大切さをも教えてくれる。

当時の人的・物的資源を鑑みると、特撮技術もハンパない。ゴジラを止めるために敷設された高圧線の鉄塔群も、よく見れば光学合成だ。操演、ストップモーションアニメ、各々のカットに合わせた最適解を追いながら作っていることが画面から見てとれる。

高度経済成長時代に百花繚乱した怪獣コンテンツだが、勃興の当初から科学への崇敬と恐怖を看破しているところに注目すべきだ。その視点は「ウルトラQ」「ウルトラセブン」にも引き継がれている。ゴジラがヒーロー化してしまう時代は人類万能イケイケの時代。社会不安が満ちる現代だからこそ、初回の「ゴジラ」の陰影がハマるのだ。

そう。ゴジラが東京を襲うのは闇深い夜。東京を焼いた空襲も夜だった。そして光り輝く「科学」は、その対偶に深い闇を生む。モノクロの画面に際立つ影と闇がシンプルに恐怖を際立たせる。夜の闇に戦争の記憶が結びついている。

それにしても戦後昭和の人々の佇まい、言葉遣いには雅がある。新聞社の編集室、通勤電車、遊覧船のダンスホール。まだ空が広く、勢いと発想で何でもできると皆が信じていた時代。大戸島の漁民の肌に光る汗まで、ワンカットに人々の闊達な熱量が溢れていて、率直に憧れる。経験したことの無い時代を受け継いでいく。それも映画の大きな使命だ。

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ゴジラ(1954)のポスター
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Daisuke O-okaのプロフィール画像

Daisuke O-okaFreak

某メディア企業で取材・出稿を伴うVTRディレクターをやってます。映画製作ビジネスの経験有り。そのうち何かやってやろうとユルく模索中。映画以外では、スノーボードや自転車ほかアウトドア全般、マンガに読書、クルマ、ねこ、これからの社会の動きなど、興味は全方位。よろしくです。

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