映画『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』レビュー

猫の目と神の目。

フォークのことはよく知らない。けど映画を見ているだけで何となく判ってくるような気がする。ルーウィンの楽曲はイケイケで盛り上がる時代には遅れ気味だ。でも「新しくない、でも古くない、ってことはフォークだ」とうそぶくほどに、彼の歌は染みる。

「オン・ザ・ロード」でタバコをふかしながら車を飛ばしてたギャレット・ヘドランドが、ここでもタバコをふかしながら車を運転してる。実際、フォークとビートニクは同じ年代で勃興し、混ざることさえなかったが各々で影響しあってきた。そこに気づけば、アメリカの戦後文化の香りを楽しめる。実際、時代には余裕があって、上手くやれば誰の家にも車にも居候出来たんだろう。

そして人間たちのみならぬ猫の好演。猫はルーウィンのままならぬ日常の暗喩。ルーウィンの男としてのスタンスが投影されているのは猫で、ルーウィンが車を離れるシーンでの猫の演技は凄い。どこも書いてないので誉めておく。そして猫との干渉が、失った友の曲を歌うことにつながる。

ディランのような宝石は、山のようにいる夢見るクズどもがいるからこそ出てくる。夢への過程が退屈な日常と化すのは寂しさと切なさを伴う。しかしその寂しさも切なさも受け入れていい。そうこの映画は肯定する。

旅の一歩一歩に「ここで人生変わるかも」という緊張感が満ちている。けれど日常は続く。もう一曲だけ多めに唄い、去る暴漢に「あばよ」と声をかける。そこだけが前と違う。違うことがあるなら、それだけ未来に一歩進んでいる。気づかぬうちに日常に戻るのを眺める「神の目」を観客に提供しつつ、意に沿わぬ毎日を過ごしている「と思い込む」男女に送るエールでもある。

デジタル撮影でも敢えてくすんだ色調を選び、一曲鳴らせば必ず最後まで聞かせる。幾度も翻弄される旅路を描き、上映時間は2時間を切っている。要領よく観客を引き込む腕前は見事。豊穣な職人技。優しさが沁みる。

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インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌のポスター
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Daisuke O-okaのプロフィール画像

Daisuke O-okaFreak

某メディア企業で取材・出稿を伴うVTRディレクターをやってます。映画製作ビジネスの経験有り。そのうち何かやってやろうとユルく模索中。映画以外では、スノーボードや自転車ほかアウトドア全般、マンガに読書、クルマ、ねこ、これからの社会の動きなど、興味は全方位。よろしくです。

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