映画『オーバー・ザ・ブルースカイ』レビュー

それでも僕は歌い続ける

今年のアカデミー賞の1つのトレンドとも言えたのが「あなたを抱きしめる日まで」でも描かれた“信仰心という無垢”である。宗教とはアメリカという国を成す根幹でありその揺らぎは社会が混迷し、不安が立ちこめる度にテーマとして取り上げられ続けてきたが、それがまさかベルギーから飛び出すとは思いもよらなかった。外国語映画賞ノミネート作「オーバー・ザ・ブルースカイ」は一見単純に見えながら万華鏡のような奥行きを持った異色作である。

ベルギーでカントリーソングを歌うミュージシャンが主人公だ。ヒゲ面にテンガロンハットを被ったこの男ディディエは郊外の農場に暮らし、カウボーイを気取っている。生まれる時代と場所を間違ったようなこの男はアメリカへの強い憧れを隠そうとしない。彼はタトゥーデザイナーのエリーゼと出会い、激しい恋に落ちる。やがて2人の間には娘が生まれるのだが…。

映画はもはやベルギー語を話す事以外はどこの国の物語かもわからない普遍性を帯びてくる。過去と現在、未来を往復するメロドラマは彼らが辿る悲劇が予め宿命づけられていたかのようだ。そして映画は思わぬ所でアメリカを照らし出す。神の名を語り、私腹を肥やす時のブッシュ政権に対し、ディディエは怒りをぶちまけるのだ。

9・11はアメリカから遠く離れた、何ら宗教上の対立もない国々の価値観すら破壊した。代え難い哀しみの底で、それでもディディエはカントリーソングを唄う。ブルーグラスと呼ばれるそのカントリーの1ジャンルは、アイルランドからアメリカに渡った移民の困窮を支える信仰心がルーツにあった。絶望の淵にある彼を救うのもまた信仰心なのである。

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オーバー・ザ・ブルースカイのポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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