映画『私が、生きる肌』レビュー

予想した内容の斜め上を行かれて驚愕。でもこれがアルマドバル。

予告編やチラシなどの粗筋から、私はこの映画はマッドサイエンティストが予想もしないモノを生み出していくSF的な映画かと思った訳ですよ。いや、実際そういう話なんだけど、マッドサイエンティストもDNA解析も新技術も単なる刺身のツマでしかなく、マッドサイエンティストも脇役でしかない。テーマは全く別のところにあって、こういう内容の話だとは予想だにしてなかったので、驚愕とショックが大きすぎて、しばらく感想が出て来なかったほど。
そして「私が、生きる肌」というタイトルの何と適切なことか。
冷静に思い返すと、アルマドバル監督が常に描いている、自分の認識するアイデンティティと家族や周囲が認識するそれとのズレ、母親と息子の理解し合えない、でも執着が解けない関係、それによって起こる葛藤、愛と破滅を描いている映画なのだけども。つまり、テーマはいつものアルマドバルなのだけど、設定がアクロバティックなせいで、月面宙返りで背負い投げされたような衝撃を受けてしまったのですよ。
彼の描く葛藤のひとつにセクシャリティの問題が常にある訳だけど、今回はそれが強烈な形で提示される。しかし、何があろうと、どう変わろうと「自分は自分」を貫く、という意志はいつも以上に強く感じた。
バンデラスがディープな変態をマッドではなく一見普通に見える人として演じていて、後から怖くなった。エレナ・アナヤのミステリアスな表情も魅力的だった。
アルマドバルの映画を観ると、いつも軽いショックを覚えるのだけど、今回はいつも以上にショッキング。倫理観を激しく揺さぶられる……。

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私が、生きる肌のポスター
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大串 京子のプロフィール画像

大串 京子

シアトルに本社があるゲッティイメージズという映画や映像や広告などの素材を提供する会社で何でも屋的な仕事をしています。

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