映画『ベルリンファイル』レビュー

日本人はスポイルされている。

序盤から映像の洪水。膨大な情報量をざらついたトーンに載せることで生まれた必然のカットリズム。ここで目を凝らすも流れに任せるも良い。中盤から情報が揃ってしまえば、ある観客は情報の精緻さに、ある観客は濃厚なアクションに、ある観客は身を切るような演技に鷲掴みにされているので、ついていけなくなる心配は無い。

硬質なスパイ作品は観客を選ぶ。しかし一旦スクリーンの前に座った者は誰だろうが離さない。その気概が絶えず押し寄せる。銃撃も殺陣も臨戦のリアリティを伴って重く痛い。俳優たちの顔も肌も台詞なきカットで実に雄弁。何より作り手が苛烈な現場と「南北状況」を重ね、存分に楽しんで料理している。

歴史と社会の全てをタブーなく語れる素地の有無で、映画の社会的機能に大きく差が出る。なぜ日本では「敗戦」を「終戦」と言い換えるのか。「終戦のエンペラー」のような企画が日本製作で出なかったのは何故か。これは単なる民族性ではないと感じる。

日本と韓国の優劣比較などにトータル的に意味は無い。しかし映画においては物量・熱量ともに彼我の差は明白。その証左が本作だ。当たろうがコケようが単純に「同じことができるか?」だけなのだ。しかし日本人にはなぜできないのかが逆に謎だ。歴史や民族性ではない、ポテンシャルを抑えるスポイル要素が複数の外部から時間をかけて巧みに働いているとしか思えない。

そう思わせるほど本作は刺激的だ。日本にも諜報小説は数あれど、それらを近年これほどのスケールと娯楽性で映像化できた試しは無い。遠慮せず作ればいい。しかし手がけるには隣国に謙虚に学ぶしかない。これほどの映画を作る頭脳、調整力、胆力、映画を支える社会の力、国際的な伝播力。日本人がそれらを身につければ、スポイル要素を突き止め、映画を通じて社会を変えられるかもしれない。

言い過ぎたか。熱に浮かされている。
それほど魅了された。悔しかった。

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ベルリンファイルのポスター
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Daisuke O-okaのプロフィール画像

Daisuke O-okaFreak

某メディア企業で取材・出稿を伴うVTRディレクターをやってます。映画製作ビジネスの経験有り。そのうち何かやってやろうとユルく模索中。映画以外では、スノーボードや自転車ほかアウトドア全般、マンガに読書、クルマ、ねこ、これからの社会の動きなど、興味は全方位。よろしくです。

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