映画『ハッシュパピー バスタブ島の少女』レビュー

勘違い。

どこかの南。文明社会とは堤防で隔てられ、温暖化や嵐による水面上昇からは免れない島。そこに住む逞しい父親と健気な少女の冒険、得体の知れない巨獣との出会い…みたいな予告編。好奇心は湧く。

確かに陽光は燦々と降り注ぎ、家の周りに動物を放し飼いにする生命感満載の舞台。しかし圧倒的に「汚い」。ゴミか道具か判らない物がひしめくカオス。多様な人種が集っているが、みな一様に貧しく汚らしい。「なぜそれでもこの島に住み続けるのか」を肯定できてない。

父親が集落の人々に「どんどん食え」と振る舞う。生のエビやカニを皿も無くテーブルや床にぶちまけ、子供たちは床に座り込んで手掴みだ。ナイフを使おうとする娘に「むさぼれ!」と言いつける父親はアホにしか見えない。
腹下すっちゅーねん。

何故母親たちは彼らを置いて島を離れたのか?何のために解けた氷河から巨獣たちがやってくるのか? この島はいい。しかしそのままでは生きていけない。ではどうするか?

そこで子供たちならではの「向こう側」への好奇心が知性と結びついて、何かの「動き」を見せてほしい。それが無い。子供たちが辿り着いた対岸の店も含め、寓話的ムードの中で世界が閉じている。子供たちが貧しく汚い島から出ないのは、作り手の「これこそ命の舞台だ!」という勘違い自己陶酔のせいではないか。これじゃ子供たちが哀れだ。

生命感を強調したいのは判らないでもない。しかし観る側の知性や生理をないがしろにして勘違いを突き付けてこられても空回りだ。

少女が巨獣をすくませる描写には既視感。それで「凄い」と思わせようなど、尻が軽い。

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ハッシュパピー バスタブ島の少女のポスター
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Daisuke O-okaのプロフィール画像

Daisuke O-okaFreak

某メディア企業で取材・出稿を伴うVTRディレクターをやってます。映画製作ビジネスの経験有り。そのうち何かやってやろうとユルく模索中。映画以外では、スノーボードや自転車ほかアウトドア全般、マンガに読書、クルマ、ねこ、これからの社会の動きなど、興味は全方位。よろしくです。

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