映画『パパは奮闘中!』レビュー

妻が行方不明

 すべてを投げ出して、ここではないどこかで、やり直すことができたなら……。実行に移すか否かは別に、ふと脳裏をよぎったりするものではなかろうか。

 同僚からの信頼も厚いオリヴィエは、オンライン販売の倉庫で寒さに震えながら、家族を養うべく働きづめの日々。やけどの治療中の息子は、医師の当初の見立てよりも順調に快方に向かっている。おしゃまな娘は、やんちゃ盛りで目が離せない。まだまだ手のかかる子育ては妻に任せきりで、労働組合活動にも積極的なオリヴィエだったが、ある日、妻は何も告げぬまま、ひとりで家を出てしまう。

 ひとよりも効率を優先する世知辛い現代社会を背景に、ごく平凡な家庭に訪れた騒動の波紋が、丹念に描かれる。映画界へと導いたセドリック・クラピッシュ監督をはじめ多彩な気鋭と組み、年齢を重ねても自己探求を続けるモラトリアムな人物像を、しなやかに息づかせてきたロマン・デュリスが、予期せず妻に去られた夫の、遅ればせながらも父性を育む様を、繊細に好演。その一方で、言い訳のチャンスすら与えられない妻の“不在感”が、彼女の抱える痛みや闇の底知れなさを、より強く印象づける。根は善人のオリヴィエだが、なかなか芽の出ぬ女優の卵で独身の妹へのデリカシーに欠ける言動や、彼に好意を寄せている風の同僚に対する身勝手な仕打ちなどが散見されるにつけ、何ら問題のなかったはずの妻を追いつめた夫の、ひいては、誰もが誰かを密かに傷つけているかもしれない、無意識の悪意の罪深さが、観る者にもリアルに実感されていく。

 安易な結末を用意できない深刻な題材ではあるが、“子の心、親知らず”とばかりに、職場と家庭で悪戦苦闘する父の傍ら、大好きな母への募る想いを糧に、急成長を遂げる子どもたちの姿は、実に頼もしい。支えているつもりが支えられ、わずらわしくも愛おしい、ひとのつながりの神秘を、ちいさな彼らが生き生きと体現している。

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パパは奮闘中!のポスター
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服部香穂里のプロフィール画像

服部香穂里

映画界の末端で、浮草のように漂うております……。

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