映画『判決、ふたつの希望』レビュー

怒りは怒りを来す

始まりは些細なことだった。男・トニーがベランダで水やりをしていると、下で工事をしていた男・ヤーセルにかかってしまったのだ。口論はエスカレートし、ついにトニーの口から出た言葉が「シャロンに皆殺しにされたら良かったのに」。パレスチナ難民のヤーセルにはあまりに惨い言葉だ。二人の対立は暴行事件へと発展してしまう。

脚本も手掛けたジアド・ドゥエイリ監督の人物描写が巧みだ。トニーはとても利己的で喧嘩っ早く、極右的な排外主義者で、夫婦間でも威圧的に振る舞っている。演じるアデル・カラムはギョロ目の面構えがなかなかの迫力。だみ声で声量も大きく、こんな人に怒鳴られたら萎縮してしまうか、はたまたその品性に嫌悪を覚え、徹底的にやり合ってしまうかも知れない。

対するヤーセルはトニーよりも一回りほど年上の理知的な男に見えるが、その奥には怒りと悲しみを秘めている。演じるカメル・エル・バシャはベネチア映画祭で主演男優賞を受賞した。

二人の対立はやがてレバノン国家を揺るがす一大法廷闘争へと発展してしまう。ドゥエイリの作劇はやや劇画調だが、レバノン近代史を包括し、この国が抱えた忘れたくても忘れられない傷跡を浮かび上がらせている。この国で生きる者全員が被害者であり、加害者であるという現実。中東に限らず世界のあらゆる対立へ融和の祈りが込められた力作だ。2017年のアカデミー賞では外国語映画賞にノミネートされた。同年、やはり世界を覆う憎しみの連鎖を描いた『スリー・ビルボード』同様、果てに作家が見出した希望をしかと見てほしい。

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判決、ふたつの希望のポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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