映画『ファントム・スレッド』レビュー

幻の裏糸

面妖かつ幽玄な逸品だ。pta自ら手掛けたカメラはまるで漂うように住居兼アトリエを縦横移動し、美しくたゆたうようなジョニー・グリーンウッドのスコアを相手に踊っているかのようだ。

『ファントム・スレッド』は男女の恋愛の不可解さを時にブラックなユーモアを交えて描いている。吹き出していいのかわからない終幕は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でボウリングピンを振り回したptaならではの演出だ。
だが、本作の根底にあるのは愛を渇望するアーティストの彷徨ではないだろうか。創作のため日常生活の全てをコントロールしようとする主人公は役作りのために何年も時間をかけるという俳優ダニエル・デイ・ルイスの神経質かつ繊細な姿とダブり、そしてやはりリサーチに何年も時間をかける寡作の巨匠pta自身ともダブる。

結婚生活よりも自身の芸術、そんな思い上がった男達を引きずり下ろすアルマ役ヴィッキー・クリープスが素晴らしい。無名ながらダニエル・デイ・ルイスに臆さぬ名演だ。禁欲的な50年代オートクチュールはやがて来る60年代フリーセックスによって終焉を迎え、女性達はまず服飾から解放される事となる。極めて私的な筆致の本作に、ptaはヒロインの目線を借りる事で同時代性を持ち込む事に成功している。レイノルズの心と“胃袋”を掴んだ彼女はやがて彼につきまとう母親の亡霊と入れ代わり、オートクチュールの女将となっていくのだ。

孤高の極みにあったデイ・ルイスもptaもそれぞれのアルマと出会った事によって求め続けてきた愛に到達したのではないだろうか。繊細かつ緻密なこの傑作が、ptaの「インフルエンザにやられた時、妻のマヤ・ルドルフがやけに嬉しそうだった」という極私的なエピソードに端を発しているのが微笑ましい。ゆえに僕は彼のフィルモグラフィーの中でもとりわけ本作を愛おしく感じたのである。

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ファントム・スレッドのポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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