映画『犬ヶ島』レビュー

わんこの涙

 東京篇も好調な「半分、青い。」(18)で、いい味出している秋風羽織先生を見ても分かるが、“犬好きに悪いひとはいない”わけでは決してない(彼も悪人とはいえないが)。本作の舞台となる、犬公方が権力を振るう江戸の昔を反転させたかのような近未来の日本の某都市では、犬が原因とされる感染症を撲滅すべく、あらゆる犬が島流しに処される。独裁的な市長に対し、多くの愛犬家は抵抗もせず時間だけが流れるが、かけがえのない親友を捜しに、市長の養子のアタリ少年が命懸けで島に降り立ち、横暴な市政に疑問を抱く一部の反対派も行動に出る。

 飼い主や、看板犬を務めていたチームメイトらに“愛されていた記憶”が、苦境にあえぎ野生に目覚めそうな犬たちの理性に訴えかけ、『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』(14)のごとき悲劇に突入するのを阻止する。一匹狼を気取る野良犬のチーフだけは人間への不信感をむき出しにするが、ショウの花形だったナツメグ(スカーレット・ヨハンソン、声だけで十分にセクシー)への恋心やアタリの純真さが、彼にも変化をもたらす。その象徴が、泣き顔のクローズアップ。ただ静かに流れる、一筋の涙が、しかもそれが、感極まった涙であることに、擬人化なんてレベルを遙かに超えた、ひと以上に濃い血の通う犬を愛する、ウェス・アンダーソン監督の熱き想いが凝縮されている。

 劇中で大いにリスペクトされている黒澤明監督の、時には演者の身を危険にさらしてでもリアリティを追究する完璧主義を受け継ぐアンダーソンにとって、パペットは格好の役者なのだろう。CG隆盛の風潮に抗い、途方もない手間暇やアナログな工程を経て、生命を吹き込まれたパペットが紡ぎだす、幾重にも織り込まれたワンダーランドは、すべての感覚をフル稼働させ参加する喜びに溢れている。充実の疲労感の後、新たな発見を求めて再び対峙したくなる、中毒性注意のヤバい力作だ。

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犬ヶ島のポスター
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服部香穂里のプロフィール画像

服部香穂里

映画界の末端で、浮草のように漂うております……。

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