映画『それから』レビュー

帰れないヨッパライ

 私見ではあるが、いい映画を観た後の一杯は、格別である。

 ホン・サンス監督の作品では、常連の名バイプレイヤーとして、焼酎が重要な役割を担う。かの車寅次郎であれば、“さしずめ、インテリだな!?”とでも揶揄したであろう、表向きは紳士、中身は欠陥だらけのダメ人間たちが、“酒の恥はかき捨て”とばかりに、増え続ける緑色の空き瓶の傍ら、男女に絡むあれこれから哲学的議論まで、思いのままぶっちゃけ合う。様々な境目が曖昧に溶け合う、酒場特有の空気にこちらも取り込まれ、観ているだけで酩酊状態に陥る、世にも不思議な映像感覚を味わうことになる。

 本作に登場する作家志望のアルム(キム・ミニ)も、憧れの評論家であるボンワン(クォン・ヘヒョ)が営む小さな出版社の勤務初日に、昼食の席では自ら下戸と恥じらいを見せつつ、早くも晩には社長とサシで酒を酌み交わし、“いけるクチ”とのお墨付きを頂戴する。その間、不倫を疑い乗り込んできた社長夫人に愛人と勘違いされ、平手打ちに遭うという規格外の屈辱まで経験し、敬意など無惨に吹っ飛んだ社長を前に、呑まずにいられるはずもない。

 時間も季節も判別し難い、示唆に富むモノクローム映像が、早朝に出勤し深夜までぶらつく日常をやり過ごすボンワンの、出来すぎた女房の待つ我が家に帰りたくない心情をも物語る。彼との不毛な関係に耐えきれずに姿を消した愛人との濃密な日々が、あまりにも鮮明なフラッシュバックによって、アルムの史上最悪の一日と並行して描かれる。ねじれにねじれた時空が遂に収斂されるその瞬間、どうしようもなく滑稽だが情の深い、ひとであることのおかしみと愛おしさが、じんわりと胸に込み上げてくる。

 ずっと先のことは分からないが、“それから”に思いを馳せ、一歩ずつ進んでみる。行き当たりばったりを肯定しつつも緻密な構成に痺れる、漱石を愛読する酔いどれ詩人の真骨頂たる逸品である。

8
それからのポスター
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 0
服部香穂里のプロフィール画像

服部香穂里

映画界の末端で、浮草のように漂うております……。

映画『それから』に対する服部香穂里さんのレビューにコメントする

こんな作品もレビューされてます

クレイジー・リッチ!のポスター

“あなた”の人生の物語

  “あり得ないほどお金持ち”の彼氏と、母子家庭の庶民派ヒロ...

バッド・ジーニアス 危険な天才たちのポスター

脱・ひとりぼっちの青春

  ひとは生まれながらに平等である……わけもない。それゆえ、...

運命は踊るのポスター

この道は・・・

  すがっては裏切られてきた神は信じないけれど、運命は心の...