映画『心と体と』レビュー

人の温もり

なんて繊細な映画なんだろう。
しんしんと雪が降りしきる森の中で牡鹿と雌鹿が出会う。この世ならざる静謐な空間。度々、挿入されるこの場面はやがて主人公2人の見る夢とわかる。

ハンガリーはブタペスト。食肉処理工場で管理職を務めるエンドレは人に心を閉ざした孤独な中年だ。バツイチ。右手はいつからなのか、障害を抱え動かす事ができない。おそらくそれも彼を卑屈にした原因の1つだろう。

そこへ代理職員としてマーリアという女性がやって来る。透き通るような美しい金色の髪。彼女は心に障害を抱え、他人と触れる事はおろか会話すらままならない。ある事件をきっかけに2人は毎夜同じ夢を見て、鹿として巡り会っている事を知る。

現実世界ではろくろくコミュニケーションを取れない2人だが、夢の中では言葉を交わさずとも心を通じ合わせる事ができる。鼻を擦り寄せ合い、葉を噛み、水を飲む。だが、人は言葉を介して繋がる生き物だ。しばしば映される食肉処理工場での詳細な解体プロセスが人と動物を分かつ。不器用な2人が時折見せる笑顔の優しさに、僕も頬が緩んだ。いじらしい2人のやり取り。あぁ、人と人が交わる事はなんと困難なことか!演じるアレクサンドラ・ボルベーイ、ゲーザ・モルチャーニの真心のこもった演技が素晴らしい。

監督イルディコー・エニェディは1990年『わたしの20世紀』でカンヌ映画祭カメラドールを受賞し、華々しくデビューしながらもその後、長編映画を撮る事はままならなかった。そんな挫折を抱えた人だからこそ到達できる温かさを持った映画だ。ベルリン国際映画祭では最高賞にあたる金熊賞を受賞した。

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心と体とのポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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