映画『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』レビュー

彼女に何が起ったか

 川原泉の傑作短篇コミック「銀のロマンティック…わはは」(86)でも感動的に描かれた、“なんちゃって6点満点”時代のフィギュアスケートが好きだった。私情むき出しの審査員に対し、得点に反映されずとも、磨き上げた離れ業を豪快に披露する競技者の意地とプライド。その心意気に歓声を送る客席とリンクとの一体感は、機械的な採点法の現在よりも遥かに強かった。

 トリプルアクセルを、かの伊藤みどりの次に成功させた稀有な女性アスリートとしてよりも、94年のリレハンメル五輪直前のナンシー・ケリガン襲撃事件にまつわる、ダーティなイメージに苦しめられ続けたトーニャ・ハーディングも、そんな世代の最後のスケーター。美よりも跳躍、TVカメラの前でも感情を爆発させる“おもろい女”の真相が、多面的に紐解かれる。

 誰よりも娘の才能を信じ、アメなど存在しないがごとくムチ打ち続けた猛母。お互い異性に免疫のないまま初恋を成就させたばかりに、茨の結婚生活に陥る元夫。振り切った演技で飛躍を遂げるマーゴット・ロビー、オスカー受賞も納得の怪演光るアリソン・ジャネイらが自身の個性を加味し息を吹き込む、実在の人物が語る言いたい放題の真偽は定かでないが、それこそ、都合よく脚色した過去の断片のコラージュたる、人生そのもの。初長篇『ラースと、その彼女』(07)でも、際どい題材を繊細な恋愛劇に昇華させたクレイグ・ギレスピー監督が、ちと常識外れな面々に愛情を込め、にわかには信じ難いエピソードの数々を、ポップかつチャーミングに映し出した。

 現在は、一児のよき母であると認知されたがっているという彼女。歪んだ母娘関係に悩み、よくも悪くも記録より記憶に残る現役生活を法に奪われた後も、生きるために何でもトライした。壮絶な道程だったに違いないが、愛息にも金メダル級のママとして誇れる快作へと結実した今、十二分に元を取ったのではなかろうか。

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アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダルのポスター
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服部香穂里のプロフィール画像

服部香穂里

映画界の末端で、浮草のように漂うております……。

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