映画『女は二度決断する』レビュー

愛の鎮魂歌

 トルコ系ドイツ人のファティ・アキン監督は、ドイツとトルコを行き交う3組の親子の、生死を介し交錯する運命を見届ける『そして、私たちは愛に帰る』(07)、虐殺を生き延び、消息不明の妻子との再会に命を懸けるアルメニア人の波乱の旅路を描く『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)など、多彩なフィルモグラフィーの中で、生の根源にある愛を、様々なかたちで映し出してきた。それは理不尽に奪われ、憎しみに反転してしまうことも。

 本作の主人公のドイツ人カティヤも、愛の塊のような魅力溢れる女性だ。トルコ系移民の恋人との獄中結婚を経て愛らしい一人息子にも恵まれ、妊婦の親友をねぎらい、夫が経営する事務所の前に自転車を停めた見知らぬ女性にも気遣いを見せる。そんな幸福は、夫と息子を不慮の爆発事故で亡くし、儚く崩れ去る。微妙な均衡を保ってきた夫妻両家の結束は、突然の悲劇を前に綻びを見せ、頼れる味方である友人の弁護士も、カティヤの底なしの哀しみを共有することはできない。生きる意味さえ失いかけたその時、容疑者のネオナチ夫婦が捕まり、彼女の孤独な闘いの場は法廷へと移る。

 裁判が進む中で、夫への偏見や自身の弱みに冷淡に付け込む言葉の暴力が、否応なく襲いかかる。ダイアン・クルーガーが、マエストロのかけがえのない伴走者となる写譜師にふんした『敬愛なるベートーヴェン』(06)以来の当たり役を得て、苦しみや怒りに挫けそうになる度に立ち上がる、監督の半身のごとき女性像を力演。不屈の強靭さとふとした瞬間に覗く脆さを、大胆かつ繊細に演じきり、カンヌ国際映画祭で主演女優賞に輝いた。

 家族の大切な想い出を慈しみ反芻し、ある行動を選び取るカティヤ。いわく言い難い痛切な幕切れに胸がえぐり取られそうになりながら、観る者の心をいつまでも捉え離さないのは、母として妻として、真っ当に生きようとしたひとりの人間の、やはり愛であった。

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女は二度決断するのポスター
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服部香穂里のプロフィール画像

服部香穂里

映画界の末端で、浮草のように漂うております……。

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