映画『ブレードランナー 2049』レビュー

巷に降る雪のように

あれから30年経ったが、自分とは何者かを問い、生きる意味を模索し続ける僕らの虚無感は全く埋まっていない。

2049年、人類とレプリカントの境界はより曖昧となった。従順さを追求して作られた心のないレプリカントが人類の労働を支え、多くの人間は既に地球を去っている。ゆっくりと、だが着実に破滅へと歩みを進める世界。カナダ出身の鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴは前作で雨が降りしきったLAに今度は雪を降らせた。それは本作の主人公、ライアン・ゴズリング演じるブレードランナーKの心象だ。

Kの虚無とデッカードの虚無が共鳴していく。
愛するレイチェルと逃亡したデッカードだったが、荒廃したラスベカスに老犬と暮らす彼は厭世感にまみれている。デッカードは言う「本物が何かはわかる」。

人間か機械かなんて関係ない。大切なのは自分の生き方を求める心だ。AIカノジョのジョイは消滅する前の束の間、Kへ愛を告げる。レプリカントのラヴは創造者ウォレスに心酔の涙をはらりと流し、自らを彼の“最上の天使”と称して人を殺す。前作のルトガー・ハウアーに劣らぬケレンで怪演するシルヴィア・フークスが強烈だ。

2時間40分という長尺をかけたヴィルヌーヴのストーリーテリングは後半へ向かうにつれ醸成され、それに呼応してロジャー・ディーキンスのカメラもますます独創的にその美を極め、前作のフィルムノワールタッチを本歌取りした物語は男の“おとしまえ”に決着する。

だが、果たして人はそう易々と何かを成し、心の虚無を埋める事ができるのだろうか。
前作の最後、ロイ・バッティの言葉を思い出す。
「この世のものとは思えない美しい光景を見てきた。それもやがて消えゆく。涙のように。雨のように。」
何かを成したのではなく、何をやったのか。涙雨の如く降る雪に泣いた。

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ブレードランナー 2049のポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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