映画『ゴッホ 最期の手紙』レビュー

親愛なるきみへ

 
 どれだけ絵を観賞しても、実際の画家の視点に立つのは難しい。そんな不可能に挑むべく、ゴッホの遺した作品に、彼のタッチを習得した125名もの画家が息を吹き込んだ渾身作である。

 ゴッホが謎の死を遂げて約1年。生前親しかった郵便配達人の父に頼まれた息子は、最愛の弟テオ宛てに出しそびれたままの手紙を携えパリに発つが、テオは既に亡くなっていた。受取人を失った手紙に導かれて旅を続ける中で、ゴッホを取り巻く知られざる真相が明かされていく。

 ひとときも同じ瞬間は訪れないことを物語るがごとく、背景の隅々まで力強く塗り重ねられた、ゴッホの名画たち。彼がひと筆ひと筆にこめた”念”のようなものが永い眠りから覚め、『リング』シリーズの貞子ばりの迫力で、スクリーンを突き破り飛び込んでくるので、序盤は軽いムチ打ちに襲われる。次第に目が慣れ、3Dも凌ぐほど立体的に構築された作品世界に身を投じるうちに、ゴッホが感じ取ったものを追体験し得る、疲弊もするが貴重な機会に、快感すら覚えるようになる。

 ゴッホの死についての数々の証言は、黒澤明監督の『羅生門』(50)ばりに食い違うが、言葉の端々や繊細な表情から浮かび上がるのは、片耳を切り落とした狂気の画家としての公的なイメージからは程遠い、生き急ぐかのように創作に没入した、不器用で純粋な人物像。家族ぐるみの付き合いの画材商や、最後の日々を過ごした土地で親交を深めた、主治医父娘や宿の娘。ゴッホが愛をこめて描いた人物たちを、シアーシャ・ローナン、クリス・オダウドら演技派が現代に甦らせた実写映像を、さらに膨大な数の油絵に転じるという途方もなく手間暇かかる手仕事が、破格の異色作に温もりを添える。

 北斎をめぐる作品に息づく神秘や活力をダイナミックに映像化した『百日紅~Miss HOKUSAI~』(15)に並び、アート・アニメーションに新たな地平を切り開いた。

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ゴッホ 最期の手紙のポスター
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服部香穂里のプロフィール画像

服部香穂里

映画界の末端で、浮草のように漂うております……。

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