映画『ダンケルク』レビュー

ダンケルクスピリット

巻頭の銃声をきっかけに、クリストファー・ノーラン監督は観客をダンケルク海岸へと叩き落す。名もなき兵士の肩越しにカメラを据え、並々ならぬ迫力で観客にこの世の地獄を追体験させる。IMAXカメラのランドスケープと腹に響く砲弾の音響に僕らはすくむ。

だが面白いことにノーランは映画をリアリズムで塗り固めようとしない。スピルバーグのような内臓を飛び散らせる事はおろか、血しぶき1つ飛ばさないのだ。驚くほど実験的で野心みなぎるハンス・ジマーのスコアは弾着音から戦闘機の飛来音、戦場下の兵士を襲う耳鳴りまでも表現し、さながらサイレント映画のような趣である。
ノーランはこれらのテクニックを用いて近年『マッドマックス 怒りのデス・ロード』らが成しえてきた動体運動のみの映画話法に挑み、そこに時制のトリックを持ち込んだ。各パートを並行に描きながら、映画の終点でそれらが同時にクライマックスを迎えるよう構成しているのである。

非常に高度な編集技術だが、果たしてこのシンプルな映画に必要な語り口かというと疑問だ。初見ではわかりにくく、この仕掛けがイデオロギーもドラマも持たない本作の“ゲームっぽさ”を際立てている。

注目すべきはこれまでハリウッド映画、アメリカ映画ばかりを手掛けてきた英国人ノーランが、初めて自身のアイデンティティを表出させた“英国映画”である事だ。
「生きて故郷に帰る」というこの史実の精神性は玉砕を是とした国の子孫から見れば非常に尊く、そして軍だけではなく民間船までもが人員輸送に携わった団結の“ダンケルク魂”は分断の現在に眩く、果てはジャムパン、紅茶、トラッドファッションにまでノーランの英国イズムへの自負を感じるのだ。こんなノーラン映画、初めてではないだろうか。今後のキャリアを占う上で、重要な1本だ。

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ダンケルクのポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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