映画『ダンケルク』レビュー

究極の映画体験に、特殊なメガネなんていらない

 敵兵は最後まで姿を見せず、着弾点の混乱で激しさを演出するガンファイトも、血しぶきが飛び散る欠損描写も無い。戦局の説明もなく、観客に与えられる情報は劇中の登場人物が目にする範囲のものだけ。徹底して必要最小限かつ現実的な描写に終始しているにもかかわらず、それでも想像力を最大限まで掻き立てるのだから恐れ入る。

 ノーランが極限までリアリティにこだわったのは、それこそ実際の兵士たちが体験した戦争の姿だからに他ならない。そもそも本作には戦争反対のメッセージや平和への祈りは見当たらない。もちろん作り手がそれらを望んでいないわけではない。ただ、戦争そのものに対する評価や是非は後世の人々が振り返ったときに見えてくるものであり、当時戦いに身を投じていた人々にとっては別問題なのだ。そりゃ誰だって戦争はしたくはないが、相手が武力を講じている以上こちらも応戦せざるを得ない。そうしなければ自分の命も、そして故郷の大切な家族の命も守れないからだ。当時の人々にとっては戦うこと、勝つこと、そして生き延びることが正義であった。命を懸けて挑んだそのミッションをリアルに描くことこそが、最大の敬意であり歴史への直視なのである。

 ノーランはリアリティの中にも娯楽としての映画の醍醐味を詰め込んでみせる。お得意の時間軸を交差させた構成、実写にこだわった有無をも言わさぬ迫力の映像、ほとんど警報のようなハンス・ジマーの背筋を反り返る刺激的なスコアと、それに呼応するかのような編集のリズム。(もはや音楽が先か、編集が先なのか分からんが。)そして捨てがたいアンサンブル演技の魅力。3Dでも4DXでもVRでもない、脳幹に直接ヒットする一人称の戦争体験。この驚きに特殊なメガネなんて必要ない。まだまだスクリーンに可能性は残されている。

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ダンケルクのポスター
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奥 直人

映画暦15年。思いのままをレビューにぶつけていきます。

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