映画『君の膵臓をたべたい』レビュー

かと言って現代の阿部定事件ではありません

「僕」の素性が読書に拘泥することであり、その拘泥があたかも悪であるかのような、潤滑な他人とのコミュニケーションがあたかも善であるかのような宣伝によって、「近頃の若者は読書もしない(もっと本を読め)」と「近頃の若者は意思疎通が下手(もっと人と触合え)」と言うダブルバインドで若年層を閉じ込め息をつがせない。「書を捨てよ、街に出よう」とでも言いたいのか。私たちは断じて街になど出ないのである。そもそも作者は読書しかしていないからお手軽に登場人物に死を与えられるのではないか、と勘繰られればどう反論するのだろうか。
教師になった「僕」は学生に向けて「今でも学生に向き合えているかわからない」など述懐しているが、承認欲求丸出しの甘っちょろい自己愛はたちまち学生らによってその弱みに付け込まれ学級崩壊必至なのであり、言ってみれば彼は友人の死から何一つ学んでいないし、読書からも一切学んでいないことが作中露見すべきなのである。
膵臓を患った少女の死がその病気ではなくて通り魔によってもたらされたという難病モノの定式や常識に強烈な足払いをくらわせるような突拍子もない展開に観客は度肝を抜かれる。この女子高生の幸薄い、踏んだり蹴ったりの死にざまによって「人は明日にはどうなるかわからない」「瞬間を生きよう」と言う主題が前のめりで表現されたために、設定とはいえ、反対に生命倫理を存分に蹂躙している。作者はチェスの駒を動かすように無造作に登場人物に死ぬことを二重に与えそれ自体を軽んじている。
唯一の救いは80年代アイドルの如き主演女優の懐かしい笑顔だけであることは言うまでもない。

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君の膵臓をたべたいのポスター
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弐個 四のプロフィール画像

弐個 四

本棚に並べたDVD画像をSNSで自慢げにさらすような大人にはなりたくない。

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