映画『散歩する侵略者』レビュー

トウキョウ流れ者

 ここではないどこかを思い描きつつ、あてどなくさすらう人びと。彼らの心の空洞を、得体のしれない何かが侵食していくが、その様は、風向きが変わるがごとく、はっきりと目には見えない。そんなベクトルの方向や強弱の微妙な差異が、ホラーからラブストーリーまで、黒沢清監督のフィルモグラフィーを、多彩に形成している。

 劇団イキウメの舞台が基になっているが、原作者の前川知大自ら黒沢ファンを公言しているように、終末論的な世界観など、両者の相性のよさは一目瞭然である。謎の侵略者らが、地球人の”概念”の調査に訪れる。人生や人格形成に、少なからぬ影響を及ぼしてきた概念を奪われた人たちは、ある者はしがらみから解放されて自由に、ある者は存在意義を失い廃人と化す。

 心がすれ違ってしまった子どものいない夫婦と、風変りな若い男女に興味をそそられ同行するフリージャーナリスト。ふたつの物語が同時並行で進行していくが、より情感豊かに描かれるのが前者である。空白の数日間の後、よくも悪くも別人のようになり生還した夫。なぜか”散歩”にばかり出かける彼にペースを乱されっぱなしの妻は、苛立ちを覚えつつも、奇妙だが濃密な時間をともに過ごすうちに、新たに愛を育んでいく。侵略される前の姿が想像できないほど、難役に飄々とシンクロする松田龍平と、全篇怒りの芝居が続く中で、心情の変化を繊細に演じた長澤まさみ。黒沢組初参加のふたりが、完成された黒沢ワールドに、新鮮な空気を吹き込む。

 『岸辺の旅』(14)、『ダゲレオタイプの女』(16)で、生と死、現実と幻想、過去と未来との狭間で激しくもまれ、交錯する愛のゆくえを描き出してきた黒沢監督。両作での実りある試行錯誤を経て、絶望的な運命に対して、懸命に抵抗を試みようとする男女の道行きを丹念に見守り続け、胸に迫るユニークなメロドラマとして着地させた。

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散歩する侵略者のポスター
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服部香穂里のプロフィール画像

服部香穂里

映画界の末端で、浮草のように漂うております……。

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