映画『20センチュリー・ウーマン』レビュー

20世紀のあなたへ

感触は確かに憶えているのに、それを言い表す言葉が見つからないことがある。
少年時代に好きだったあの娘のこと。自分に新しい世界を教えてくれた年上のひと。そして、母親という存在。近すぎるばかりにわからなかったが、思春期を過ぎる頃には母も女であり、1人の人間である事が急に見えてくる。

マイク・ミルズ監督はまるで思い出したままかのように1979年の15歳を振り返り、彼女らに好きなように喋らせる。ミルズの回想かと思えば、彼女たちの一人称となり、しかも自分が死んでからを振り返ったりもする奔放な筆致だ。この私映画を彩る3女優は彼女らのフィルモグラフィの中でも格別に魅力的に撮られており、ミルズは忘れられない人々をスクリーンへ焼きつける事に成功している。

愛情過多で進歩的な母親役はアネット・ベニング。時代の荒波に立ち向かい、ワーキングウーマンとして独立独歩で生きてきた逞しさの陰には、間もなく時代を去ろうとする者の寂寥感が滲む。

写真家アビーに扮したのはグレタ・ガーウィグ。デヴィッド・ボウイに憧れるパンキッシュなアーティスト役でクールで鮮やかにイメージカラーの赤を纏った。

おそらくミルズにとって誰よりも想い入れの深かったのがエル・ファニングが演じたジュリーではないだろうか。ファニングは自身が持つ16歳の被写体としての刹那、特別性に自覚的であり、そんな少女期と大人の狭間にある美しさが多くの観客はもちろん、作家監督たちを魅了するのだろう。

1979年、カーター大統領は「アメリカの自信の喪失」というTVスピーチを行った。その言葉はいみじくも混迷する現在(=いま)をこそ指すものであり、フェミニズムの興盛はレイシズムへのカウンターとして今再び勃興する2016年の景色と重なるものがある。本作の素晴らしさは単なる私小説の域を超え、現在へと時代をつないだ20世紀の女達への讃歌なのである。

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20センチュリー・ウーマンのポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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