映画『ありがとう、トニ・エルドマン』レビュー

失笑、爆笑、やがて感涙

 母と娘、父と息子、母と息子。それぞれ色々あるだろうが、父と娘というのも、なかなか厄介な間柄である。生まれて最初に接する異性であり、そのイメージ形成にも少なからぬ影響を及ぼすため、好意と嫌悪のアップダウンも甚だしい。親子の仲を完全に超越しているがごとき『晩春』(49)のような類稀なラブラブ父娘も、果たして幸福かどうか……。

 世界の名だたる映画賞を席巻し、ようやく日本にも上陸する本作のメガホンをとったドイツの女性監督マーレン・アデも、そんな父娘間に漂う、居たたまれなさすら覚える微妙な空気を、スクリーン外にも漏れ出すほど、ねちっこく掬い取る。音楽教師の父は、視力を失っても寄り添い続けてくれた愛犬を亡くしたばかり。とっくに家を出た娘は、多忙なキャリアウーマンとしてブカレストのコンサルタント会社に勤めているが、グローバル化した社会の闇にもどっぷり浸り、ストレスが絶えない。娘の疲弊ぶりを父は察知するが、心からの助言や苦言も、父の口を通せば、娘にはうっとうしく響くだけ。そこで父は、突飛な秘策に打って出る。

 生来いたずら好きの彼は、珍妙なヅラに入れ歯をはめ、”トニ・エルドマン”なる自称・人生のコーチ請負人として、娘の行く先々に出没する。初めは無視していた娘も、過密スケジュールを円滑に進めるべく、悪夢のような冗談に付き合わざるを得なくなる。しかし、破天荒な父と渋々時間をともに過ごすうちに、娘自身にも彼と同じ血が流れていること――窮屈に武装した鎧を脱ぎ捨ててでも、本来の自分を解き放とうとする、破壊衝動にも似たエネルギー漲る人間であること――を、予期せぬ笑いと涙が彩るユニークな通過儀礼の数々を通して、生き生きと実感していく。

 さりげない邦題も、昔みたいに素直にはなれない娘の、精一杯の父への想いを代弁しているようで、粋なラストと相まって、味わい深い余韻を残している。

 

 

 

9
ありがとう、トニ・エルドマンのポスター
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 1
服部香穂里のプロフィール画像

服部香穂里

映画界の末端で、浮草のように漂うております……。

映画『ありがとう、トニ・エルドマン』に対する服部香穂里さんのレビューにコメントする

アカデミー賞2017

こんな作品もレビューされてます

婚約者の友人のポスター

愛しちゃったのよ

  日本に紹介された当初は、キワモノ的な才人扱いの印象だっ...

エイリアン コヴェナントのポスター

創られし者、創りし者

 中盤のドス黒い、邪悪な気配は何なのだ。 新型エイリアン“ネ...

ダンケルクのポスター

ダンケルクスピリット

 巻頭の銃声をきっかけに、クリストファー・ノーラン監督は観...