映画『はじまりへの旅』レビュー

人民に力を、権力の反抗を

資本主義社会に背を向け、森の奥で外部と繋がりを断って生きる家族…家長ベンは北アメリカの森林を買い取り、そこで子供たちに自給自足の生活を課し、チョムスキーからドストエフスキーまであらゆる書物を与えていく。子供たちは何ら疑うことなく父の教育を受け入れ、心身ともに優秀に育っている。だが心を病んだ母の自殺によって一家は山を下りる事になり…。

オンボロバスに乗った一家の珍道中は『リトル・ミス・サンシャイン』を彷彿とさせ、世間とのカルチャーギャップが浮き彫りになるギャグで笑わせてくれる。職質の警官をごりごりのキリスト教原理主義者に成りすましてドン引かせ、食料はスーパーマーケットから盗み、葬式にはTPOを度外視したファッションで乗り込む。フランク・ランジェラ扮する祖父が子供たちの面倒を見ると買って出るが、キャッシュ家からしてみればその豪邸は資本主義社会の強欲の象徴だ。
世間から見れば過激すぎる一家の思想、行動だが、それは『ロード・オブ・ザ・リング』で世界的にブレイクしながら、予算も国籍も選ばずに出演する哲人ノマド俳優ヴィゴ・モーテンセンによって狂気よりも孤高さが勝り、僕らを魅了する。我が道をゆくこの父親を演じたヴィゴの惚れぼれするようなパフォーマンスは2度目のアカデミー主演男優賞候補を勝ち取った。

この映画は一見、家族愛を描いたロードムービーだが、その本質では観る者の反抗心、“パンクさ”を試している。終幕、ヴィゴの吐息を敗北の落胆と取るか、幸福の安堵と取るか。本作の精神は何度も引用されるチョムスキーの「人民に力を、権力に反抗を」であり、そこからはトランプ時代へのプロテストが浮かび上がってくる。監督、脚本を手掛けた新鋭マット・ロスは現在=いまを捉える同時代性を持っており、この作家性とオリジナリティが次はどんな映画に結実するか、楽しみだ。

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はじまりへの旅のポスター
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長内那由多のプロフィール画像

長内那由多

タマネギ畑が広がる北海道のド田舎で多感な思春期を過ごす。中学2年生で「恋人までのディスタンス」のジュリー・デルピーに恋をする⇒メインの更新は本館ブログへ移行しました。こちらでは劇場公開作についてたまにアップします。

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