映画『ムーンライト』レビュー

これは物語ではない。人生だ。

 貧困層に生まれた黒人で、同性愛者、薬中の母親、刑務所暮らし、そしてドラッグディーラーとしての生活。主人公の境遇は大多数の日本人にとって何ら重なるところが無いにもかかわらず、観る者は彼の物語をまるで自分自身に起きたことのように錯覚し、没頭してしまう。

 ゆったりとした演出テンポは、“間”の取り方が素晴らしい。大人しい主人公は相手の言葉にすぐさま反応することはなく、じっくりと溜めてから言葉を絞り出す。彼をはじめとして登場人物は決して脚本で決められたセリフを読み上げているわけではなく、相手の言葉を受け止めて自ら思考し、頭に浮かんだことを発しているのだ。コミュニケーションに宿る圧倒的なリアリティは真実と虚構の壁を越え、キャラクターは生身の人間としてまさに今この瞬間を生きることに成功している。

 主人公のシャロンは幼少期、少年期、青年期の3世代にわたって描かれ、それぞれを別々の俳優が演じている。驚くべきなのは、3人の俳優が撮影を終えるまで一度も顔合わせをしていないという点だ。キャラクターの仕草や特徴に一貫性を持たせるために打ち合わせをしたわけではないのに、3世代のシャロンは全く同じ人間として違和感なく映るのだから凄まじい。

 本作の演技でアカデミー助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリの存在感も抜群だが、個人的にはシャロンの母親を演じたナオミ・ハリスにMVPを贈りたい。薬に溺れ破滅的な行動を繰り返すも息子を愛さずにはいられない不器用なその姿に、劇中では決して描かれない年月の経過がしっかりと刻まれている。リハーサル無し、撮影日数たったの3日間でこの表現力。役者とは世界で最も崇高な職業ではないかと、本気でそう思った。

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ムーンライトのポスター
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奥 直人

映画暦15年。思いのままをレビューにぶつけていきます。

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