映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』レビュー

肉体の枷。

もし実写で、アニメ版のように情報量満載の会話が繰り広げられたら、観る側はきっと保たない。「生身の相手が目の前にいる」ことは、言語化出来ない相手の情報の洪水に、知覚できない微細な時間で反応し続けることなのだ。

押井版や神山版のキーシーンを翻案しながら組み込むことで、より「肉体」が際立った。劇中のガジェットも手で掴んでは指でいじる、それほど先進的ではない姿。けれど会話も索敵も全て電脳映像で済まされたらつまらない。そしてまだ、電脳感覚で世界を知覚したらどうなるか、まで人間の想像は及んでいない。

知覚を元にして想像できないことは描けない。人間は肉体を介して知覚していて、その肉体さえまだ解明しきっていないわけで、今作の既視感は、そんな「枷」から抜け出せない自分の苛立ちとカブる。世界はあまりに深くて広大なのに、どんなに頑張ってもその端々までをひと時で感じ取ることはできない。作り手が前作に払う敬意と追い越せない口惜しさも表裏一体で伝わってくる。

実写には演者の肉体がついて回る。肉体は「動く」分だけ尺を使う。政治や哲学を余所にして、物語を索敵と自分探しに束ねた理由はきっと「肉体の限界」だ。

あれほどの数の人柱でネットワークを築くクゼの悪徳も、政治的に立ち回り少佐たちを守る荒巻の深謀も、十分には描かれず、敵の本丸も凡庸だ。一方その中で少佐は、自分の源を探しだす。シーンそのものは、少佐と相手の存在感も相俟って、期せずして魂が震える。少佐のこだわりへの掘り下げが浅い分、あのシーン一連で感動までに持っていった演者の仕事に感嘆するのだ。

終盤の抱擁に「できるなら魂を新しい肉体に入れ替えつつ、少しでも永く生かせられたら」と思ってしまった。それこそ今までには無かった印象で、前作たちに一矢報いている。メタリックな近未来で物語をつむぐのは、彼女たちの肌と体温。これも一つの「攻殻」。確認すべし。

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ゴースト・イン・ザ・シェルのポスター
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Daisuke O-okaのプロフィール画像

Daisuke O-okaFreak

某メディア企業で取材・出稿を伴うVTRディレクターをやってます。映画製作ビジネスの経験有り。そのうち何かやってやろうとユルく模索中。映画以外では、スノーボードや自転車ほかアウトドア全般、マンガに読書、クルマ、ねこ、これからの社会の動きなど、興味は全方位。よろしくです。

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