ジョン・カーター

2012年04月13日公開
ジョン・カーターのポスター
4.4

どんな映画

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フリークレビュー
4

映画はスターを愛でるもの

この映画を観ると、映画製作の難しさをあらためて思い知らされる。

ピクサー映画で観客の心を掴む術を習熟しつくしてきたはずの監督が実写映画製作のエキスパートたちをスタッフに招集し、SFの起源とされる傑作小説を不自由ない予算でありったけの想像力を注ぎ込んで映像化。その結果がこんな残念なシロモノに仕上がるなんて、想像力豊かなアンドリュー・スタントンもさすがに思いもよらなかっただろう。

スタントンの作り出したバルスームの造形は見事だ。創造しつくされた感のあるSF映画クリエイティブにあって、オリジナルと呼べる個性を発揮している。スタントンの想像力を支える映像技術も申し分ないクオリティで、火星への旅をリアルに見せてくれる。

おそらく一番の問題は主演スターたちの魅力のなさだ。テイラー・キッチュとリン・コリンズの若手コンビにはまるで個性がない。この2人を見ていて、娯楽映画はスターを愛でる楽しみがないと途端に色褪せるということを否応なく実感させられる。

この個性なく演技力も学芸会レベルの主演スターたちによるぎこちないゼロケミストリーの掛け合いを見せられるのははっきり言って苦痛だが、これはスタントンの演出による責任も大きい。2人の演技は時折不自然なリアクションと大げさな表情が入り混じり、思わず「アニメかよ!」とのけぞりそうになる。

思えば、ピクサー時代の同僚ブラッド・バードが「MIGP」で成功を収めたのは、俳優陣が超一流で、演技面での演出が不要だったことが大きいのかもしれない。それに対しスタントンは、未熟な役者たちを主役に据えたおかげで演技面での演出力の経験不足がはっきりと現れてしまった。

経験不足を露呈したものの、それでもスタントンの作り出した世界には目を瞠るものがあった。実写デビューはほろ苦い結果に終わったが、次回作にも期待したい。

※追記。ウーラの可愛さに1点追加。

芳賀 健
芳賀 健のプロフィール画像
映画ライター・編集
3

冒険心のない冒険映画

「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!『おれはアンドリュー・スタントンの新作を観に来たはずなのに上映されたのはデヴィッド・トゥーヒー作品だった』な…何を言おうとしているのか大体理解してもらえると思うが、俺も何を観ているのかわからなかった…失敗作だとか駄作だとか そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」
既に2億ドルの赤字の見込み…日本公開前から「失敗作」の烙印を押されてしまった本作だが、それでも淡い期待はあった。何せ監督は『ファインディング・ニモ』『ウォーリー』でオスカー受賞のアンドリュー・スタントン、共同脚本はピューリッツァー賞、ネビュラ賞、ヒューゴー賞受賞作家マイケル・シェイボンである。稀代のストーリーテラー達が揃って一定の水準以下の作品が出来るわけがない…そんな風に考えていた時期が俺にもありました。
先ずは古色蒼然たる物語に失望。原作『火星のプリンセス』に一切思い入れが無い身からすると、本作のストーリーは(例え様々な作品のオリジンだという事実があっても)使い古された代物にしか映らない。ならばと期待したビジュアルイメージも貧困で、とても『ウォーリー』監督の作品とは思えない。連想したのはデヴィッド・トゥーヒー監督の『リディック』。B級専門の監督が背伸びして大作を手がけたあの作品以上の惨劇が目の前で展開された。テイラー・キッチュは一枚看板を背負う力はなく、リン・コリンズにも魅力が無い。スタントン監督らしさは散見されるユーモアに顕れているが、とても映画を救うレベルではない。
鉄板の企画であったはずなのにこの惨状…スタントン監督が原作を愛しているのは傍目にもわかる。しかしその愛がイノベーションの精神を損ない冒険心の無い作品を生む結果になったのではないか。本作は先駆者であり続けたとある人物に捧げられているが、とてもそれに足る作品ではない。

岸岡 卓志
岸岡 卓志のプロフィール画像
るろうに
3

100年がかりの負け戦

つまらない、のではない。ただ、面白い、と感じられないのだ。

ピクサーが誇る“外れ知らず”のアンドリュー・スタントンをもってしてなぜ? という思いも捨てきれないが、正直、最初から負け戦だったのではないかという気もしている。

原作は100年前のSF小説。当時はまだ、かくも素朴な世界観がアリだったのだろう。地球の男が火星に行って、火星人なんだけど超美人でセクシーなお姫さまと恋に落ちて、(火星は重力が小さいもんだから)ぴょんぴょんと跳ねまわって悪の軍団をなぎ倒す……。これがもしなにかのパロディだったり、ファンタジーとして割り切れれば、ギリギリのところでアリだったかも知れない。しかし現代人の感覚からすると、あまりにも時代遅れなおとぎ話だし、SFとしても致命的に説得力を欠いている。まるでメリエスの『月世界旅行』をいま大真面目にリメイクするようなものだ。

たび重なる監督の交代劇には、ロバート・ロドリゲスの全米監督協会脱退騒ぎなどそれぞれに理由があったわけだが、長らく企画が軌道に乗らなかった真の原因は、結局この原作から、現代の観客に受け入れられるような魅力的なプロットをひねり出せなかったからなのではないか、と邪推したくなる。その点で、H・G・ウェルズの孫が監督した(最終的にはゴア・バーヴィンスキーだが)2002年版『タイムマシン』の大失態に似ている。

ただし、新味のないストーリー、異星人やクリーチャーの今更なデザイン、魅力の薄いヒロインなどについては、ジェームズ・キャメロンの『アバター』だって同じことが言える。つまるところ『ジョン・カーター』の製作チームには、キャメロンが持っていた作品に対する執念や細部へのこだわり、観客を映画の世界へと引きずり込む豪腕がなかったのだ。スタントンが関わってきたピクサー作品が自らに課していたハードルの高さを知っているだけに、なんとも残念な結果である。

村山 章
村山 章のプロフィール画像
映画ライター
4

つまらないのにはワケがある。

このレビューにはネタバレが含まれています。

世紀の失敗作だそうだ。もはや映画界に擁護するものはいないと聞く。私もおおむね同感、でもそれでは身も蓋もないので、今回は冒険家カーター氏本人に自己弁護してもらうことにした。

映画が無味乾燥でつまらない?当たり前だろ!オレが甥に託した要点のみの日記をそのまま映像化しただけなんだから。オレがあの壮大なプランを完遂するにはそれ迄の膨大な経緯をそっこーで甥に把握させ次のアクションを取らせなきゃいけなかったんだぞ?そんな日記にいちいち丁寧なキャラ造形や感情移入を促す語り口や豊かな行間など込めるかよ!それを映画の本編にしてんだからそりゃお前らにはつまらないわな、でもこっちは切羽詰まってんだ、観客の都合にちんたら合わせてたら冒険終わんないっつーの!
花のない役者の大根演技?だってアレは説明を補うための「再現ドラマ」でしかないからな。再現ドラマっていえばどこの世界でも無名の大根演技が王道だろーが!だいたい今までオレの冒険をネタに亜種を山ほど作って散々楽しんできて今さら本家に文句いうのは筋違いだろ!

言い分ごもっとも。彼からしたら正しいよね。かつての“レディ・イン・ザ・ウォーターがご都合主義なのには訳がある説”(下記コメント欄参照)と同じ理屈だ。でも当事者目線はともかく、映画の作り手としてそれで済ますのはやっぱマズイよね。だから今回は少し建設的に提案してみよう。

そもそもこの壮大なてんこ盛り冒険譚を万遍なくやったのが間違いだったんじゃないかと仮定する。
実際、冒頭とラストカットだけ見てもカーター氏がやりたかった事はたったひとつ。彼は火星に戻ってあの娘に会いたかっただけなんだから。そこに集中すれば、彼への感情移入も人物造形も情緒もすべて込められたんじゃないかな。その狂おしい執念だけをうま〜くすくってあげればカルト映画の名作にだってなれた筈。だってこれ『ある日どこかで』と同じ話でしょ?

田中 啓一
田中 啓一のプロフィール画像
娘と添い寝

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