光(河瀬直美監督)

2017年05月27日公開
光(河瀬直美監督)のポスター
7.5

どんな映画

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フリークレビュー
8

「問い」が「感動」を凌ぐ。

このレビューにはネタバレが含まれています。

雑多な街も整った部屋も等しく渉猟する飢えたようなカメラは、いかに我々が「囲まれて」「縛られて」生きているかを描き出す。

取り入れた全てから、少しを選んで残して、あとは捨てて、人は動く。そうでないと進めない。そんな中でどうしても失いたくないものが離れていくなら、それは誰の何のための意思なのか。そこからどう進めというのか。

徹底した取材と描写、強く圧縮した演技が、大きな問いを削り出す。美しい画だけでなく、精緻な音だけでなく、この映画が発明したのは「問いを見つける描き方」だ。作る側と同様に観る側を追い詰め、問いを突きつける。

だから、実は「感動」に至らなかった。感動を呼ぶシーンもカットもしっかりとある。けれど、残された問いがそれを凌いで大きすぎるのだ。

「映画はこうやって作るんだ」という気概を突きつけられ「おれはどう作る?」と問う。ラストで音声ガイドは完成をみるが「雅哉と美佐子はこれからどう生きる?」と問うてしまう。「もしおれが視覚を失ったら…」と問うし「おれにとって【捨てなければ進めないもの】とは何だ?」と問うてしまう。

おれは大きなものを喪ったことがある。けれど自分で決意して捨てたわけではない。雅哉はカメラを捨てた。けれど彼は「写真への思い」は捨てられたのか?「あん」のラストで千太郎が声を張り上げて踏み出した一歩を、どう雅哉が踏み出すのか。大きな問いがそこにも残った。

答えは観客各々に委ねられているのだろうか。

不謹慎な思いつきだと思う、でももし自分が視覚を失ったとして、音声ガイドに沿って写真を撮れるだろうか。何があって、光の具合がどうで、距離はこのくらいで、言われたようにカメラを構え、手探りで・もしくは助けてもらって調整して、シャッターを切る。それで仕上がった写真を見て、また語ってもらう。そんな雅哉と美佐子を見てみたいと思った。おかしいだろうか。

Daisuke O-oka
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VTRディレクター

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