夫婦フーフー日記

2015年05月30日公開
夫婦フーフー日記のポスター
5.7

どんな映画

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フリークレビュー
4

なぜ、そこにいる?

このレビューにはネタバレが含まれています。

死んだはずのヨメが、そこにいる。
これはスゴイことだ。驚くだけじゃない。亡くなってから今まで続いていた日常の動作を、全て止めてしまうほどの重さがあるはずだ。ヨメを愛していればいるほど「これは幻影だ!」なんて自分を納得させようとする前に、すがりついたり抱きしめたりして大変なことになるはずだ。

死んだヨメがダンナの文章の「盛り」にツッコむ。文章の「アラ」を探すことが回想に同期する。この流れだと、いない相手を思い返すことで自分を見つめ直すという「重さ」が効かないのだ。そこにいる「ヨメ」の存在に、ダンナも観る側も甘えてしまう。

いなくなった相手を会話しているように思い返すことはある。けれど、それは幾分かの苛立ちを含んでいる。一言一句全ての言葉を再現できるほど人間の記憶は精確ではない。日常に紛れて薄れていく記憶をつなぎとめようとする行為が、いなくなった相手のかけがえの無さを強めていくんだと思う。

ならばせめて、一旦現れた死んだヨメがいなくなった後、ダンナには文章の「盛り」をザックリ書き直す、「売りは何なの?」と知ったようなことをぬかした編集者にリベンジする、くらいのハッキリした行為に出て欲しかった。それで再びやっつけられてもいいのだ。

ヨメが最期を迎えるために家族総出で故郷に旅立つ車。それを見送るダンナと死んだヨメの二人の姿は、身を切るほど切ない。自分が同じ状況にいればどう感じるだろう。何を相手に訊くだろう。相手は求めている応えを返してくれるだろうか。そこをどう踏み越えて、ダンナが生きるのか。それを観てみたかった。

こういう題材でルール決めとかガッチリやりすぎると、笑いの生まれる余地が減るのかもしれない。ことほど左様に、人を笑わせることって大変なんだと思う。

Daisuke O-oka
Daisuke O-okaのプロフィール画像
VTRディレクター

『夫婦フーフー日記』のカラーレビュー

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