Mommy マミー

2015年04月25日公開
Mommy マミーのポスター
7.3

どんな映画

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フリークレビュー
7

ドラン、若き賢人。

このレビューにはネタバレが含まれています。

ドランの映画を初めて観た。芸術、天才、そんな言葉で彩られる若きセレブ。身構えて観たけれど、印象深かったのは逆に、理知的な周到さだ。
最初の設定で「発達障害の子を持つ親が経済的困窮や身体的・精神的危機に陥った場合は、親が法的手続きを経ずに子を施設に預けてしまえる権利が保証された」世の中であると告げられる。

とんでもない世界の話だ。しかしこの設定が効く。こうであれば行政や正しい弁護士や親切な親戚など「余計なお節介」の出てくる幕がない。途中で母ダイアンが頼る弁護士だって、息子スティーブのことなんてどうでも良さそうだ。この設定が、母と息子を孤独に置く。母と息子だけなら倦んで終わる。そこに隣人カイラを巻き込む。見事な触媒を通じて「愛」を純化させていく。

ドランは「行き場ない愛」を徹底的に純粋に描きたかったはずだ。行き場が無いからこそ、愛と幸せの一瞬に、空の下の全てが自分のものになったように感じてしまう。3人が道を走る。スティーブが「こじ開ける」。そんな開放感は誰にも経験あるだろう。ドランはその感覚を、周到な設定と物語で、慈しみながら増幅した。

「絶対音感」「絶対色覚」…一度聞いた音、見た色を完全に再現できる感覚。ドランは「ある感情を覚えたときの状況」を完全に再現できる才能の持ち主だろう。ダイアンとスティーブの家のリビングに漂う荒れた倦怠感も、なかなか晴れない空も、まずそうなバーガーも、観る側が今までの人生で何度も感じてきた閉塞を思い出させる。それはドランが「全てを、そう撮っている」からに他ならない。あの画角は生理的な必然なんだろうか。

「愛は哀しい生理である」という人生の本質を、強烈な配役、瑞々しい選曲、優しい色彩で観る側の心に、理屈抜きに浸みこませる。描きたいものと描き方がカッチリとハマっている。狭い世界を捉え、観る側の目の前で普遍化してみせる、ドランの賢さに舌を巻くのだ。

Daisuke O-oka
Daisuke O-okaのプロフィール画像
VTRディレクター

『Mommy マミー』のカラーレビュー

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