8月の家族たち

2014年04月18日公開
8月の家族たちのポスター
5.5

どんな映画

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フリークレビュー
7

舞台並みに白熱する役者の演技合戦

舞台っぽいなあと思ってみてたら戯曲の映画化だった。

芸達者な名優たちのアンサンブル演技を堪能できます。
なので俳優好きな人(ボク)には満足な作品。

ダーモット・マルロニーとジュリエット・ルイスのカップルを
観たときはそれだけで嬉しくて劇場で声を上げそうになった!
(なつかしい!)


演出の言う事など聴いてなさそう(失礼!)にぶっちぎる
メリル・ストリープに触発されたように
久々にジュリア・ロバーツがあの勝ち気なエネルギーを炸裂させ、
往年のマイペースなキャラでジュリエット・ルイスが漂い、
豪華男性陣の見せ場は各1シーンずつくらいしかなかった。爆

久々にこういう役者が競っているようなのを観た気分。

完山 京洪
完山 京洪のプロフィール画像
映画人
6

そして、とてつもないさみしさが残った。

邦題の「8月の家族たち」。
なんで、家族が複数形なのか…と思っていたけれど、観て納得。

事実、複数の家族が描かれていると同時に、家族がまとまりではなく、個人の集まりとして描かれ、そして個人として終わっていく。
そんな私の解釈は、浅はかなのかもしれない。
が、「かつてあった家族の絆」が崩壊した話ではなく、ひたすらバラバラ感とその要因が描かれる。
「家族だった記録や痕跡」が匂わないのだ。

夫を許せない妻、妻を愛せない夫、家族に愛を求める術を知らない娘たち。
彼らの苛立ちや諦念や逃避は、推して図るべし。
ただ、それは「実は、こういうことがありました」「こうなんです」という事実で語り進められるものであって、その都度「家族たち」が感情を露わにする。
観客が「推して図るべき空白」が多すぎて、感情の洪水にただただ流されてしまう。

家族といえども、必ずしも分かりやすく愛し合えるとは限らない。
私が好きな映画「普通の人々」も、そうだ。
この作品では、その背景やすれ違いが説明的ではなく丁寧に描かれていた。
…と、鑑賞中に比較。

「家」から、家族が順番に去っていく。
そして残された病気の母親。
卑下していたインディアンの使用人にすがる姿。
その風景には、分かりやすくさみしさが色濃く漂っていた。
そのさみしさに、泣いてしまった事実を、どう消化したものか…。

茅野 布美恵
茅野 布美恵のプロフィール画像
会社員

『8月の家族たち』のカラーレビュー

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