シーソー seesaw

2012年06月30日公開
シーソー seesawのポスター
7.8

どんな映画

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フリークレビュー
7

監督(♂)\女優(♀)

即興に近い脚本でとにかくカメラを回しまくり、編集にじっくり時間をかける。完山監督は処女作としては危険な制作手法を採った。
フィクションにおいて即興を成立させるには演出家と撮影者と俳優による三位の信頼関係が必須だ。そうして記録された素材映像から滲み出るニュアンスを掬い、再配置し、ひと息70分の作品に纏めるには、演出家が確固たる洞察力とビジョンを持っていないと思い切れない。

処女作がもつ勢いはともかく、私はこの映画のキモは監督のサディスティックさにあると思う。
事前にきちんと説明した以上もうあとはそれぞれの持ち場、役割に基本任せた。という「ひとに預けられる性質(任された方はタマったもんじゃない)」も楽屋裏のサディズムとして機能したに違いないが、何よりも終盤、主演の村上真希による泣きシークェンス四連発に監督の【Sっ気】が炸裂している。状況、場面を変えてひたすら泣きのバリエーションを女優に強いることで醸す演出の妙。

さて、そんな苦行を延々と見ているうちに、あるニュアンスに気づく。女と男の明らかな違いがそこに見えた気がする。女にとって別れや喪失はいつ決定的になるのか。男は結婚や家族といった形式にこだわるが、女は全く別の基準で、でも同じようにその関係や人生を生きている。
この女の生理感覚が、見た目チャラ男な(失礼!)完山監督の着想によるものだとしたら...今後ますます手慣れてきた時の監督に期待せずにはいられない。

そしてそんな監督の「責め」に応えた村上真希のポテンシャルにも、大きく期待する。
日本の魅力的なコメディエンヌは田畑智子と鈴木杏のふたりしかいないとつねづね嘆いてきた私にとって、優香から平岩紙までの振り幅を自在に行き来する村上真希の守備範囲には久々にワクワクしている。
このひと、『ロマンシング・ストーン』や『ダンシング・ヒーロー』などの「化け女優」系、軒並みイケますよ。

田中 啓一
田中 啓一のプロフィール画像
娘と添い寝
8

理不尽な感情に共感のナゼ?

薄暗い部屋の中、絞り出すようなか細い声で電話に受け答えするシルエットの女性。重く苦しいドラマを予感させるオープニングで幕を開ける映画「シーソー」は、その直後にトーンを反転させて陽気なバースデイパーティのシーンに突入する。ちょっとくすぐったくなる若者たちの快楽空間は、体感時間にして約20分もの長尺が充てられ、主人公たちの蜜月がじっくりと描かれる。同じ構成の「ゴッドファーザー」を意識したかはわからないが、全編70分の映画でこれだけの尺を冒頭のシーンに費やすのはなかなか冒険的だ。

パーティという<非日常>が幕を閉じると、翌日にはスーツ姿の伸司がゴミ袋を両手に仕事に出かける。恋人の真琴も電車に揺られて出勤し、2人の世界は一転して<日常>に引き戻される。このあたりの対比を描く構成は絶妙なさじ加減だ。

やがて、睦まじい2人の仲に微妙な亀裂が入り始める。結婚を躊躇する真琴に妊娠の兆しが見えたとき、彼女の中で何かが変化する。「何か」と具体をボカしたのは、映画ではその具体の説明を故意に避けているからだ。伸司を失って初めて「おいてかないでよ」と泣きじゃくる女の理不尽な感情を、映画は理屈でなくありのままに描く。理不尽な感情がなぜか共感を呼ぶトイレ(!)での号泣シーンは、真琴を演じる村上真希の熱演も手伝ってこの映画の白眉となっている。

全編ドキュメンタリータッチで撮影されている本作だが、“映画的な”見せ場もきちんと用意されている。シーソーの両端に座りPinoを分け合う2人、アパートの屋上で夕陽を背に佇む伸司、そしてパーティの最中に隠れて交わした2人のキスを友人のカメラが鏡ごしに映すショット(監督、ロマンチストすぎ!)。監督の美意識が表面化する瞬間だ。

作り手の熱意が暴走せず、むしろ研ぎ澄まされた脚本に集約されているところに処女作とは思えない落ち着きが見える。監督の次回作にも期待したい。

芳賀 健
芳賀 健のプロフィール画像
映画ライター・編集
8

幸せを壊すのは何? シンプルで丁寧な仕事が見る側を圧倒する。

 1カット目は、かなりシリアスな入りになる。そこから先は、幸せなカップルの生活模様。
 しかし、しばらく観てゆくうちに、何人かの観客は、感じるはずだ。なんだか居心地の悪い、ぎくしゃくした感じが続いていることに。
 観ながらじっくり考えてほしい。1カット目があるのと無いのとで、どれほど違うことになるか。

 脚本と編集の妙。1カットを入れる入れないで、ここまで仕上がりが左右されるものか。しかも、この映画はオリジナル。とくに派手な生活が出る訳でも、特殊な職業を題材にした物語でもない。
 語り口と演技だけが映画の出来を分けることになる。

 控えめで自然光に近い印象を与える照明。あるときはモブに隠れてしまい、あるときは息づかいまで聞こえるほどに、台詞の立ち・隠れを意識して押し引きした音響。そして長い長い回しにも堪え、生活そのままの会話を繰り広げたキャストたち。
 極端なまでに引き算された脚本と演技の中に、観客が想像を膨らませ、
スリルを感じてしまうさまざまな要素が隠れている。

 脚本と画作りにこだわり、何より登場人物たちに、どこまでも自然なままでの長芝居を強いることを積み上げる。それが終盤以降のドラマ感を否応無しに盛り上げている。

 映画とは、台詞で何でも説明すりゃいいってもんじゃない。「語らずして語ること」を磨き、平凡なカップルの日常を、ここまで鋭くリッチに描くとは、現代の商業メジャー作品では、あまりお目にかかれない才能なのではないか。

 この映画は、何でも分かりやすくイージーに表現してしまう現代商業メジャー映画の牙城に対し、かなり気持ちよく一矢報いた、秋の突風のような存在だ。何よりキャストたちの表情が、澄んでいて綺麗に撮れているのだ。

 必見。
 

Daisuke O-oka
Daisuke O-okaのプロフィール画像
VTRディレクター

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