ヘルタースケルター

2012年07月14日公開
ヘルタースケルターのポスター
5.7

どんな映画

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フリークレビュー
5

ヘルタースケルターな語り口

このレビューにはネタバレが含まれています。

脚本が崩壊していた。いや、何とかしようと編集でこねくり回した感を最初の15分で感じてしまったからそう思っただけかもしれない。それでも、今作までの間、脚本について勉強してなかったのは分かった。後半30分以上前から満員の劇場内の集中力は完全に切れていた。なぜ0号で気付かなかったのだろう。

原作は未見だが、この題材でどうしてアイドル/イコンに対する見解を語らなかったのだろう。そうしないなら、マイケル・ジャクソンについてセリフで言わせるべきではなかった。どうして資本主義の大量消費の終焉について切り込まなかったのだろう。
今、これを映画化するならその視点は外せないはずだったと思う。大量消費を嫌った沢尻エリカさんと窪塚洋介さんが出演なんて、それを描くためだとしか思えなかったのに。浜崎あゆみさんの歌もそう。でも監督にその視点が無いのは明らか。アイドル側へも消費者側のギャルへも、愛もなければ見解もない。だから薄い。

俳優にもいた。大量消費で惰性に続けた末路のような最低の演技だった。
哀しくて涙が出た。それが演出というなら、キャスティングがいくつか違う。

観客が見たいものを見せたわけではない。
監督が見せたかったものを見せただけ。

しかし、若手俳優はこれを観ると焦ると思う。
沢尻エリカさんと窪塚洋介さんは圧倒的だ。さらに差を開けられたと思う。
水原希子さんと綾野剛さんが続けば、邦画は面白くなる。
キャストでしかお金が集まらないのなら、キャストが良い脚本、良い企画を選べば良い。それだけで変わる。彼らは希少な映画スターだ。

あの時代(90年代〜00年代)を体系的にも描ける数少ない原作だったのではないだろうか。劇場を出たときの観客の反応が象徴していた。もう浴びるように消費させる時代は終わったのだと。

完山 京洪
完山 京洪のプロフィール画像
映画人
7

切ないほど「空っぽ」から生まれた、凄絶な強さ。

このレビューにはネタバレが含まれています。

原作と同様「何故りりこは、ああまでして綺麗になりたかったのか?」は描かれていない。飾り立てられた外見に空っぽの中身。

終盤で麻田検事が語る「美しさの本質」は大量消費社会の中でボカされ、霞まされ、評判やゴシップ、優劣や勝ち負けに転写される。

そんな戦況に薄々感づいていながら、りりこは「美しさの本質」という武器を敢えて携えることなく、窮地を突破しようと試みる。
空っぽの自分自身を覆う「鎧」を作っては壊して進んでいく、りりこにはそれしか無い。

美醜の基準を自己の中だけに秘めて疾駆する。
これが「女」か。
めちゃくちゃ「男前」ではないか。
きっと、正確には「綺麗になりたい」女だったのではない。
「そんな生き方をしたい」女だったのだ。

思潮を支える媒体がマスからソーシャルに移っても「そんな生き方をする」女の本質は変わらない。
渋谷の女子中高生が雑誌を取り合いゴシップをさざめく様子は、ソーシャルで注目の客体について参加者が持論を披露し合う様子と何の代わりも無い。この映画は今の世相さえもそんな視点でバッサリ斬ってしまう。
「自分の生き方も背負えない奴らが何言ってるの」と。

りりことこずえが出会うシーンは、まさに「沢尻エリカ」と「水原希子」のリアルが転写されている。片や虚飾で飾られたゴシップクイーン、片や彗星のように現れた稀代の美少女。
もう「エリカ<<<<<<希子」でーす、と大スクリーンで謳われたようなものだ。
蜷川監督の的確な演出は、残酷な手管。
この先、沢尻エリカは何を演じればいいのだろうか。
そして、それを予期して沢尻が出演を快諾したとするなら、それは相当な胆力。彼女もりりこと同じ疾走者なのだ。

原作の余白に現実の色彩を詰め込んで「肉体化」した映画。
スキャンダル映画と侮ってはならない。
ショービジネスを舞台に人間の孤独と衝動を描ききった、
重量級の本格映画だ。

Daisuke O-oka
Daisuke O-okaのプロフィール画像
VTRディレクター
5

眠かった。

多くの人が認めているように、感性の違いが評価につながりやすい作品。
なので、ここはいっそ、分析というより「感じさせてくれたかどうか」の感想に終始してみようかと。

ちょっと眠かったです。
切る勇気を知らない編集といいましょうか、物語が流れない脚本といいましょうか。

原作が発表された頃に持っていた「話の過激さと衝撃度」を、そのままスライドしてしまっているので、話自体に「今さら感」を禁じえない。
「なぜ、今、この作品を映画にしたかったのか」の意図と語りが弱いから、「今、観ている意味」を見失ってしまう。
登場人物の行動には意外性も驚きもなく、展開にはひたすら眠さを感じてしまった。

映像に関しては…。
色彩と沢尻エリカの演技が常に高めキープで攻めてくるので、衝撃的なセリフやシーンが逆にショッキングに感じられない。

何度か挟み込まれる性描写も、不思議なほどエロさを覚えない。
「文章化されたほうが、反応させてくれるんじゃなかろうか」という思いがよぎり、映像で語ってくれていないことに、がっかりしてしまう。
あるいは、「エロさを感じられないのは、りりこを女性として描いていないから」だとするなら、この結果は意図的なものなのか…?

整形の崩れも、青あざ程度にしか映像化されていないため「壊れていく恐怖」が弱く、結果「消費されていく恐怖」への流れも脆弱に。

唯一、目を奪われたのは、整形直後の全身が映されたときの、沢尻エリカの無垢な表情。
「こわれゆく女」のこの邪気のない瞬間を、もっと効果的に使ってくれたら、もしかしたら、多くの語りが強くつながったかもしれないのに…と思うと、本当に残念。

で、「感じさせてくれたかどうか」ですが、「感性が合わなかった」ってところで。

茅野 布美恵
茅野 布美恵のプロフィール画像
会社員

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