J・エドガー

2012年01月28日公開
J・エドガーのポスター
5.5

どんな映画

まだ投稿がありません。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
フリークレビュー
3

史上まれに見るひどいメイクで作品がぶち壊し

たったひとつのことが映画全体をぶち壊しにすることがある。この場合はディカプリオとアーミー・ハマーに施された老メイクアップがそれにあたる。

精悍な風貌の若い2人への老メイクはさすがに無理があり、老人っぽくふるまう2人が画面に登場するたびに痛々しい気持ちになる。2人が老いらくの恋を演じるシーンに至っては失笑すら禁じえない。

本来なら、J・エドガー・フーバー元FBI長官が残した功績や負の遺産が現代のアメリカにどんな影響を及ぼしたのか……なんてことが論じられるべき映画なのだろうが、そんな気力はすっかり萎えてしまう。

伝記映画が説得力を持つためには、当然、対象人物やその世界がリアルに描かれる必要がある。その点で、「J・エドガー」ほど登場人物との乖離を感じさせる映画はなく、完全な落第点をつけざるをえない。

この映画でもっとも割を食ったのはディカプリオ。老メイクの醜態はそのままディカプリオのいきすぎた野心として表面化し、滑稽さすら感じさせる。彼の映画はどれも好きなので残念至極。

芳賀 健
芳賀 健のプロフィール画像
映画ライター・編集
8

競馬場でのカットバック

このレビューにはネタバレが含まれています。

意外性も手伝って公開当時は『J・エドガー』の恋愛的側面が盛んに語られた(『ミルク』の脚本家=同性愛、という連想もあったかもしれない)。まるでこの映画が“恋愛押し”であるかのように聞こえることもあった。
でも私としては「エドガーの性的嗜好を“説明”するシーン」と「ふたりの関係を“伝える”シーン」は明確に区別したい。そして後者は終盤の競馬場でのカットバックに集約させたい。あの一点で一気に恋愛ゲージが振りきった。それはあのふたりと観客の気持ちが一体化する瞬間でもあったと思う。

若かりし頃も老いた今も、エドガーとトルソンは競馬場に赴き、横並びに立ちレースを見つめる。
長いつきあいの中で諍うことも多かったふたりは、今や同じ方向を向いているとはいい難い。「ふたりの間になにが起ころうとも毎日ランチかディナーを共にする」という大切な約束が反故にされたこともあった。それでも競馬場では、相変わらずふたりは横並びで同じ方向を向いてレースに声援を送る(ちなみにこの行為は、向かい合わなければならない食事と違い、横に並ぶから続けられたのかもしれない)。

競馬場で並ぶふたりの過去と現在の姿を往復するあのカットバックは、ふたりのひとかたならないこれまでの関係をその瞬間にギュッと凝縮し、観客に強要する。不意をつかれた観客は否応なくふたりと想いを共有させられるため、その直後に発作を起こして倒れるトルソンを目の当たりにして我を忘れて狼狽する。映画に翻弄される瞬間。

田中 啓一
田中 啓一のプロフィール画像
娘と添い寝
6

ディカプリオ眉間の皺の深さが全てを表す

製作中から賞レースに食い込んでくるのは確実という認識を世間からされていたクリント・イーストウッド最新作。しかし蓋を開けてみれば批評家からの評価は芳しくなく、興行的にも失敗。アカデミー賞含め賞レースではほぼ黙殺される結果となった。
このような状況から『J・エドガー』がどのような作品なのか勝手に想像を膨らませていた。イーストウッドの伝記映画と言えば『バード』、「歴史」を題材とした作品と言えば『父親たちの星条旗』。ジャンキーの精神状態を描いた前者、一貫しない話法で描かれた後者。『J・エドガー』もこの二本のようにナラティヴが「混乱」してしまった作品なのか?
しかし実際鑑賞してみると、「混乱」がさほどないかっちりまとまった作品に仕上がっている。少々の「混乱」もそれが老年のフーヴァーが「信頼出来ない語り手」であるというからくり。『ミルク』でアカデミー脚本賞を受賞したダスティン・ランス・ブラックは良い仕事をしている。イーストウッドも限られた低予算で「アメリカ」という国家の一側面を巧みに炙り出した。
それでも不評の理由も理解できる。アメリカ史における事件を一部だけ抜粋した脚本はその描写が中抜けしており、歴史に明るくない人間には非常に不親切だ。役者の持ち味を引き出す事に定評があるイーストウッド演出を以てしても、レオナルド・ディカプリオのオスカーへの熱意の空回りは制御出来なかった。それに引きずられる形で作品全体にイーストウッドらしからぬ「力み」が感じられてしまう。晩年の描写はメイクの酷さも相俟りコントのようだ。
だが欠落した描写もアメリカを描いてきた映画・小説に触れてきた諸氏なら十分補完できるものであろう(自分の副読本はジェイムズ・エルロイ作品)。そして何より、本作は「ラブストーリー」としてロマンチックな出来だ。瑕疵は大きいが個人的に愛すべき作品となった。ナオミ・ワッツになりたい…。

岸岡 卓志
岸岡 卓志のプロフィール画像
るろうに
6

ディカプリオへの見解

相当疲れていたらしく、、
ラスト30分くらいで眠ってしまった。。
見ごたえあったのに…イーストウッド御大の作品で眠ってしまうなんて…
恥ずかしい...

なので、今回は趣向を変えて、ディカプリオの話を。
彼ほど過小評価されている俳優も中々いない。
はっきり言って彼はめちゃくちゃ巧い。

皆知ってる。

なのに今年もオスカーのノミネートで外されてしまった。
GG賞までは順当に賞レースに参戦していたのに。

ここで僕なりの見解。
彼はマーロン・ブランドの流れのメソッド演技法を継承する俳優です。
(デ・ニーロ、パチーノ、ショーン・ペン、ジョニー・デップetc...)
でもこの方法で特に邪魔になるのは「カリスマ性」だと思っています。
これがジョニーだと、架空のキャラや奇人なので、観客の抵抗が少ない。
今回のような偉人(社会的な影響力を持った人間)を演じる場合、
カリスマ性が引っかかってくる。

メリルだとモノマネを超える域に突き抜けるのでまた話が変わります。
(僕はちょっと似た感じを抱くのですが、大衆は違うようで)

レボリューショナリー・ロード、インセプション、ブラッド・ダイヤモンド、
アビエイター、キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン

と僕は彼を最高だと思っているのですが。

「マネーボール」のブラッド・ピットのアプローチがレオにも良いと思う(賞レース的に)けど、
とにかく僕は好きです。

映画史に大きな足跡を作っている俳優の一人。
彼の制作会社はアッピアン・ウェイといいます。

完山 京洪
完山 京洪のプロフィール画像
映画人
8

「真実を読み取ることを諦めるな」と聞こえた。

始まって数十分は、「FBIを築きあげた男J・エドガーの半生の映画なんだな」と思わせる。
事実、話は、エドガーが自身の回顧録を書記に記録させる形で進められる。
彼が成し遂げた実績が展開されるなか、「母との関係」「秘書との信頼」など、彼が権力者として形作られていくプロセスが描かれていく。

なかでも、仕事上のパートナーとなったトルソンの出現が、物語を大きく回し始める。
エドガーがトルソンに副長官になってほしいと言った時、トルソンがした提案にうっとりしてしまった。
「私たちの意見が合う日も合わない日もあるでしょう。でも何があろうと、必ずランチかディナーを一緒に」。

この瞬間から、私はこのセリフを軸に話の展開を追っていった。

イーストウッドがすごいのは、「厳格で、多大な功績を上げたJ・エドガーは、実はこんな人物だった」にとどまらないところ。
そのために、トルソンとの関係に焦点を当てることは必要だったのだ。

終盤、トルソンはエドガーに言う。
「君が書記に書かせている内容は、事実と違うところも多い(大意)」。
最終的にエドガーに最も近かった彼に、このセリフを言わせることで、「見えているものだけが真実とは限らない」と伝えてくれているのだ。
しかも、優しく、ロマンティックに。
なんて素敵な忠告だろう!

これだから、イーストウッドにはかなわない。

茅野 布美恵
茅野 布美恵のプロフィール画像
会社員

『J・エドガー』のカラーレビュー

  • 8
  • 8
  • 7
  • 6
  • 6
  • 6
  • 6
  • 5
  • 5
  • 4
  • 3
  • 2
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

こんな作品もレビューされてます

クレイジー・リッチ!のポスター

アジア版『ブラックパンサー』

 大旋風である。ワーナーブラザーズの製作ながらオールアジア...

クワイエット・プレイスのポスター

声をあげよ

 『クワイエット・プレイス』は全編に渡って集中力の漲った素...

インクレディブル・ファミリーのポスター

オンリーワンで、スーパーワン

 映画は2004年の第1作目直後から始まるのに少しも古びていな...