ヒューゴの不思議な発明

2012年03月01日公開
ヒューゴの不思議な発明のポスター
7.6

どんな映画

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フリークレビュー
7

最新技術ありきの想像力に疑問符

映画のマジックがなんたるかを改めて思い起こさせてくれる、スコセッシから映画好きへの素敵なプレゼント。大人が童心に戻って楽しむファンタジー映画で、映画好きは感涙必至。ただし、個人的には手放しで喜べない部分もある。

かつてメリエスがありったけのイマジネーションでスクリーンに非現実を映し出し、観客を熱狂させたように、スコセッシは3Dという表現方法で映画ファンを未知の世界へ誘う。これは映画というメディアの新たな可能性を探ったメリエスと同じ探究心による純粋なアプローチなのだが、3Dという最新技術に頼らざるをえなかったところに一抹の淋しさを覚えるのも事実。

CGが映像表現の幅を広げたのと同時に観客の想像力の余白を奪ってしまったように、映像技術の進歩は必ずしも映画の進歩ではない。今回、メリエス映画の追体験をさせるのに、最新技術を導入するのではなく、もっと観客のイマジネーションを信頼し、喚起するようなアプローチもあったのではないか。

メリエスの映画に想像力の飛翔を見て嬉しくなる一方で、「ヒューゴ~」の類まれな創造性が最新技術の土台の上に成り立っていることが淋しかった。映画はどこへ行くのか。

芳賀 健
芳賀 健のプロフィール画像
映画ライター・編集
9

時代の先頭を走る巨匠から勇気をいただく。

スコセッシ監督にひざまずいて感謝したい。
途中から涙止まらなかった。

時代の先頭を走る巨匠から勇気をいただいた。
映画という魔法の力を信じる監督の愛の大きさに胸打たれました。

愛おしい傑作。

ある友人が、
「3Dは他の技法と同じ技術の一つにしかならない」と言った。
この映画はその技術を完璧に使いこなしている。
だから3Dで観るのが正しい。

世界を代表する巨匠が謙虚に膝をついて、今の観客に両手を広げる。
日本のベテラン監督はどうでしょう?

映画の裾野を広げ続けるかの国への憧れは止められず。

オープニングで"インフィニタム・ニヒル"のロゴ出たから
まさかと思ったけどジョニー・デップがプロデューサーしてて
改めて格好よ過ぎ。

完山 京洪
完山 京洪のプロフィール画像
映画人
7

5年遅かったのかも

この種の映画はどうしたって見ている間が一番楽しいわけで、時が経つほどに楽しかった記憶は薄れていきます。反面、記憶が薄れていくに従ってきらびやかな飾りやこけ脅し的要素が削ぎ落とされ、その映画の「核心」がくっきりと浮き彫りになるとも言えるのです。それはごく自然なことです。事実、鑑賞後1ケ月経った私の記憶にこの映画の3D表現はほとんど残っていませんが、それはつまり3Dというものが薄れていくこけおどし的要素だからでしょ?臨場感はその場限りのものだからね、という理屈に落ちつくことになるのです。それは娯楽映画として清々しいし、この映画の「核心」もそれによって浮かびあがってくる筈です。

ところが、今回ばかりはそれではどこか腑に落ちないのです。今回に限っては、それは少し残念なことではないかと思うのです。この映画における3Dは単なるこけおどしであってはいけない筈だからです。

多くが指摘する通り「映画黎明期に人々を驚かせ後世に語り継がれた映像表現を、現代の観客に違う形で追体験させる」それがこの映画における3Dの役割ではないでしょうか。
この映画の観客はその追体験によってはじめて映画黎明期の観客と共鳴し、時を越えて映画の素晴らしさを分かち合うことになる。これがこの映画の一つの到達点であると信じています。つまり、この映画にとって3Dは「核心」であり、語り草として人々の記憶に残り続けるべきものなのです。

そもそも3Dは人々の映画的記憶に根を張り、その映画を支える物となり得るのか?という疑問はありますが、例えば、3Dとは奥行きであり広がりであるという本質を見せつけた07年の『ベオウルフ』や『U23D』の表現は私の3D的原体験となり今でも深く記憶に残っています。もしかするとこれは表現力だけの問題ではなく、ヒューゴが人々の3D的原体験となるには5年ほど遅かった、という事だけなのかもしれませんが。

田中 啓一
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詩人だねぇ
10

マーティン・スコセッシ監督の映画愛に満ちた金字塔的作品

 映画全編が「映画への愛」で充満した作品であり、わが50年の人生の中でも「ゴッドファーザー」と並ぶ生涯のベストワンとなった。特撮映画の父であるジョルジュ・メリエスへオマージュが捧げられた作品だ。現代SFXの最先端である3DやCGIを駆使して「未来への扉」を開け、1930年代のパリ・モンパルナス駅周辺をかなり立体的に造型しているのもものすごく意味深である。しかも映像美は圧巻の一語だ。
 主人公ヒューゴはチャールズ・ディケンズ的人物(だから登場人物はみな英国なまりなのだ)であり、「オリバー・ツイスト」の孤児のオリバー少年同様に冒険の旅に出る。「大人は判ってくれない」のアントワーヌ少年にように映画好きな彼はその冒険の果てに、どん底にいたメリエス監督を“再評価”するきっかけをつくるのだから、なんてすばらしいおとぎ話だろう。もちろんマーティン・スコセッシ監督が「赤い靴」などの名画を毎年保存・修復している<フィルム・ファンデーション>の設立者であることを考えると、「過去への扉」も開ける主人公こそが監督の分身なのは容易に想像がつく。
 オープニングの凱旋門周辺のカーライトの残光をとらえた俯瞰ショット(パリの街が大きな機械仕掛けに見える)からフィルムのひとかけらひとかけらに強度なエモーションが充填されている。しかも驚くことに、「タクシードライバー」で主人公の絶対的孤独を描いたスコセッシ監督は一歩進めてヒューマンな観点に立っている。主人公ヒューゴは駅の時計台でヒロインのイザベルにこう語りかける──「社会は大きな機械仕掛けであり、その機械に無駄な部品は一つもない」と。フェデリコ・フェリーニ監督作品「道」の変奏ともいえる、錆びていたぼくの心にも油が染みわたるような最高のセリフである。このセリフ以後、次々と押し寄せるエモーションの嵐で、ぼくの涙腺が完全に決壊したことはいうまでもない。

サトウ ムツオ
サトウ ムツオのプロフィール画像
映画伝道師
8

ハンバーグ食べたかったのに本格テリーヌ出て来たでおい…

結論。とても良かったです!
もちろん映画史なんてよくわかんないし、
ただ楽しく観たいだけのわたしには映画創世記のうんたらなんて
語れないんですけど…。
でも単純に、映画っていいな。と心が温かくなるような作品でした。
スクリーンを通してわたしたちは冒険に旅立てる。
ヒーローにも、人魚姫にもなれる。
そして月にも行ける。

3Dに関しては、制作者側の思い入れが強い、みたいなことを聞いていたので
結構期待していたのですが、うおお!良い!と思ったのは
冒頭の長回しだけでした。
映画を通して冒険にでましょう!と言うには、数年遅かったような気がします。

そしてまあやっぱり、なんていうか、
わたしハンバーグが食べたかったんだよね。
少年と少女のドキドキワクワク☆な冒険ファンタジーだと思うじゃん。
もちろんこのテリーヌ超美味しいんだけどさぁ…
まぁそれは邦題のせいでもあるんだけど。
中身がすごくイイだけに、その点はやっぱり残念でした。

Azumi Miyaji
Azumi Miyajiのプロフィール画像
グラフィックデザイナ

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